村上春樹の作品を評するのは、むつかしい。 自分がその作品を理解できているのかさえ、疑問だから。 それでいて、ぐいぐい引き込まれ、読後には深い井戸の底にでも放り込まれたような感覚を抱く。 「ねじまき鳥クロニクル」について、作者が「自分でもどう完結するかわからなかった。が、プロである以上、必ず結末をつける自信はあった」というようなことを書いていた。たぶん、この作品もどう決着するのか、作者にもわからなかったのではないか。 こういう展開を意識的に書けるとはとうてい思えない。 しかし、この作品は決着しているのか、と誰しも疑問を抱くのではないか。 謎は謎のままさらに追加されるし、主人公や登場人物の諦観も簡単には共感できない。 結局のところ、人間は運命に流されて生きていくしかないのかという悲観にかられるものの、逆に、運命と調和すればすべてが安定するのだろうという楽観も起こる。 主人公が森の奥の世界(黄泉の世界? あるいは無意識界?)から戻ってくることによりある種の悟りめいた境地に至るのは、「ねじまき鳥クロニクル」に似ている。あちらの世界に侵入しようとする邪悪な存在も「ねじまき鳥クロニクル」の悪に似ている。 森の奥の世界は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」みたいだし、佐伯さんという女性の思春期の頃の在り方は「ノルウェイの森」を思い起こす。 「神の子どもたちはみな踊る」で、現実に近づいたかに見えた村上春樹だが、また、もとの世界にもどったのだろうか。 幻想と現実が混在した村上ワールドの方が好きだから、その方がいいが。 村上作品が読みやすいのは、そのキャラクターが異色でありながら、非常に好感が持てる存在だからだろう。 この作品の中で唯一今までの作品になかったキャラクターは、猫と会話できるナカタさんと彼をサポートすべくついていった星野青年か。二人とも非常に愛すべきキャラクターだ。 |