新聞で読んだ記事のうろ覚えですが、ドイツでもこの本が翻訳されていて、ある学者はこの作品(あるいは村上作品の全体を言っているのか)を、「文学的ファストフード」とけなし、他の学者は「このエロチシズムが理解できないのか」と反論していました。
「文学的ファストフード」という言葉にはちょっと笑ってしまったのですが、的を射た評価とも言えます。
実際、この本の内容を要約すれば、小学生の頃好きだった女性と30代の後半に再会したために家庭と仕事を捨てかける男の話にすぎません。
しかし、村上作品の場合、ストーリーの要約だけですべてを語ることはできません。
私が読んだ村上作品のすべてに言えることですが、主人公の男性たちは自分で人生を選ぶことができず、「運命」と「影を抱えた女性たち」に翻弄されてしまいます。その得体の知れない不安感あるいは現状に対する違和感は、簡単には説明できません。

しかし、この作品のエロチシズムというのを、本当に翻訳できるのかが、私には疑問です。
「ねえ、ハジメくん、・・・・・」という女性からの問いかけが頻繁に現れるのですが、この問いかけ自体にものすごくぞくぞくとしたものを感じます。外国人にこれが理解できるのかどうか。

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