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風の手紙


 学校の帰り、公園のそばを通った時、風がぴゅうっとふいた。
 白いふうとうが、ぼくのむねのポケットにおさまった。
「おじいさんからの手紙だ」
 ぼくは、いそいでふうとうをあけ、手紙を広げた。
 いつもと変わらない、強くて元気そうな字だ。
 おじいさんの手紙はいつも「哲夫、元気かい」で始まり、だいたい同じような内容だ。 東京はもう寒くなっただろうから風邪をひかないようにとか、南の島はまだまだあついとか。
 でも、おじいさんから手紙をもらうと、ぼくはとってもうれしい。手紙を広げる時に、おじいさんの住む南の島の風のにおいがするから。
 ぼくのおじいさんはちょっと普通じゃない。風を見ることができるんだ。
 手紙だって、風にたのんで送ってくる。風の中に手紙を配達してくれる風がいるって言うんだ。ぼくは最初信じなかったけど、こうやって、いつも風にのせて手紙を送ってくるから、信じるしかない。
 おじいさんの話だと、風には、ただ空気が動いている風と、命をもった風がいるらしい。 前におじいさんの島に行った時、空のあちらこちらを指さして、あれが生きてる風だと教えてくれたけど、ぼくには全然違いがわからなかった。
 まあ、すぐにはわからんだろう。風が見える人間はなかなかいないし。おじいさんは、ぼくの頭をなでてほほえんだ。
 おじいさんの島は、沖縄のさらに南の方にある小さな島で、人がほとんどいない。郵便屋さんも一週間に一回ぐらいしか来ない。
 だから、風にたのむのさ。
 おじいさんは、そう言って笑った。
 おじいさんからの手紙は風で送られてくるけど、ぼくは、風で送ることができない。
 何回か二階の部屋からためしてみたけど、すぐに道ばたに落ちてしまった。
 だから、ぼくの手紙はポストにいれるしかない。おじいさんのところに着くのは、ずいぶん時間がかかる。それが、ちょっとくやしい。
 おじいさんは、たまに、自分のところでとれたパイナップルやマンゴー、バナナなどを風で送ってくることもある。
 最初にパイナップルが庭に落ちてきた時は、とってもおどろいた。
「あらまあ、おとうさんたら」
 お母さんが笑いながら、パイナップルをひろい上げた。さすがにパイナップルなどの食べ物は、大事にビニールでつつんで送ってくる。
 果物などは重いので、台風の時にしか送れないと言っていた。それも、台風が沖縄から東京方面に向かっている場合だけだって。
 だから、果物は年に数回しか送ってもらえないのが残念だ。
 そんなおじいさんがいることが、ぼくには大のじまんだった。友だちは、なかなか信じてくれないけど。
 ある日、いつものように風がふき、むねポケットにふうとうが入った。
 あれっ、と思った。いつもの白いふうとうじゃなく、ピンク色のおしゃれなふうとうだったから。
 びんせんも、ピンク色だった。一目見て、おじいさんの字じゃないのがわかった。
 手紙にはこう書いてあった。
「はじめまして。私はゆうかと言います。北海道に住む小学校五年生の女の子です。この手紙を受け取った方、私と文通しませんか」 ただ、それだけ。住所は書いてない。
 この子は、どうして知らない人に風の手紙を送ることができるんだろう。
 ぼくは、おじいさんに手紙を書いた。おじいさんの所にはいまだに電話がないので、急ぎの時も手紙を書かなくちゃならない。
 そして、返事が来るのをいらいらしながら待っていた。ほんとに、ぼくも風で手紙を送ることができたらいいのに。
 ようやく届いたおじいさんの返事には、こう書いてあった。
「そいつは、風来坊にたのんだんだな。手紙を配達してくれる風は、ちゃんと相手に届けてくれるが、風来坊は、適当にあっち行ったりこっち行ったりする風で、手紙も適当にくばるやつだ。ガラスのびんに手紙を入れて、海に流すというのがあるだろう。で、見ず知らずの相手にひろってもらうのを期待する。その手紙を書いた女の子も、そのつもりなんだと思う。だから、手紙を受け取ったおまえが、彼女の文通相手になったらいいさ」
 風来坊? ふーん、ぼくと同じ小学校五年生なのに、その子は風を見ることができるんだ。住所書いてくれれば郵便で送れるのに。
 もちろん風で送る方がおもしろいけど、どうやって返事を出したらいいんだろう。ぼくには風を見ることができない。
 おじいさんは、ぼくの考えを読んでいたようで、つづきがあった。
「風来坊だったら、おまえにも見ることができるだろう。ほかの風と違う方向に行ったり来たりしている風がいる。そいつが風来坊だ。良く見ればわかる」
 ぼくは、それから毎日、公園で木を見ていた。枝や葉っぱがゆれるので、風がどこからふいているのかわかる。でも、どれが風来坊なのかは、さっぱりわからなかった。
 それでも、毎日、ぼくは公園に行った。ある時は、風来坊らしいものがみつかった。でも、すぐにわからなくなる。
 毎日、毎日、ぼくは公園に行った。
 そして、ようやく風来坊が見えるようになった。
 ぼくは、ゆうかに手紙を書いた。
 風来坊のことだから、その手紙をまっすぐゆうかに届けてくれるかどうか、わからない。 だから、大きなふうとうの中に、ゆうかあてのふうとうとは別の手紙をいれて、風来坊のことを書いた。この手紙を受け取った人がゆうかじゃなかったら、この手紙をまた風来坊にわたしてほしいと。で、おじいさんに習った風来坊の見つけ方も書いておいた。
 この手紙を受け取った人が、みんな親切にそうしてくれるかどうか、全然自信がなかったけど。
 風来坊は毎日は来ない。いつ来るのか、決まっていない。
 ぼくは毎日、公園に行って待った。そして、ようやく風来坊を見つけて、手紙をわたした。 風来坊はさっとぼくの手紙を空にまいあげた。
 無事にゆうかのところまで届きますように。ぼくは、いのるしかなかった。
 それから、一週間二週間たったけど、返事はこなかった。ぼくは毎日待っていた。
 やがて、風の手紙が届いた。
 でも、それはぼくあてじゃなかった。
 その手紙は、明という男の子にあてたものだった。もし、あなたが明でなければ、そのまま風来坊にわたしてもらえませんか、とあり、風来坊の見つけ方が書いてあった。
 ぼくとまったく同じことを考えている子がいるんだ。
 それからも、何度か手紙を受け取った。でも、どれもゆうかからの返事じゃなくて、あて先が別だった。ぼくは、また、それを風来坊に手わたした。
 そのうち、風来坊からの手紙には、それを受け取った人の手紙がくっついてくるようになった。
「ぼくは健一です。小学校六年生です。新潟でこの手紙を受け取りました。風来坊にわたします。鹿児島の順子さんに届きますように」 そんなふうに、受け取った人が自分の名前を書いてつけるようになった。
 ぼくもそれをまねて、自分が東京で受け取ったことを書いてから、風来坊にわたすことにした。
 みんながそうやるようになると、手紙があっち行ったりこっち行ったりしているのがよくわかるようになった。
 ある手紙なんか、青森から富山に行ったかと思うと、そこから北海道に行って、今度は広島、それから、東京のぼくのところに来ていた。あて先は高知だから、全然違う。
 いったい、ぼくのゆうかあての手紙はどこに行ってるんだろう。
 次に受け取った大阪あての手紙に、自分のことを書くついでに、自分が北海道のゆうかという女の子に手紙を送ったことも書いた。 長野の男の子あての手紙を受け取った時、それを北海道のゆうかも受け取っていることがわかった。
「北海道のゆうかです。東京の哲夫君が私に手紙を送ったことを、ほかの人あての手紙で知りました。でも、哲夫君からの手紙はまだ届きません。待ってまーす」
 ゆうかがぼくのことを知ったというだけで、なんだかうれしくなり、ぼくは、とびあがってよろこんだ。早く、ゆうかにぼくの手紙が届きますように。
 そんなある日、おじいさんから手紙がとどいた。
「おまえが北海道の女の子に送った手紙が、こっちに届いたぞ」
 ぼくは、それを読んで顔があつくなった。
「ちゃんと配達させてもいいが、今、風来坊で運ばせるのがはやっているようだから、風来坊にたのむことにした。こっちにも、最近は風来坊の手紙が多くて大変だよ」
 でも、おじいさんは何だかうれしそうだ。 おじいさんが風来坊にまかせたのはいいけど、ほんと、いつになったら、ゆうかのところに届くんだろうなあ。

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