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鬼が歌うとき


「鬼は、歌なんか歌わない」
「いいから、歌ってごらんよ」
 鬼のアカマツが首をふっても、マヤは笑いながらけしかけてきた。
「ほら、ほら」
 マヤがアカマツのまわりをおどりながら、手びょうしをたたいた。
 マヤが動くたびに、小さな風がまきおこる。甘いにおいに、アカマツは胸がつまり顔がほてるのを感じた。赤くなったとしても、赤鬼だからわからないだろうけど。
 どうしても歌おうとしないアカマツに、マヤは口をとがらせた。
 アカマツは、マヤのおこった顔も好きだった。もちろん、本気でおこっているわけではないからだが。
 初めて会ったとき、マヤは本気でおこっていた。
 アカマツが、村人たちの盆おどりを、木のかげからかくれて見ているときだった。
「あんた、こんなところで何してるの」
 おどろいてふりかえったアカマツの前に、アカマツの半分ぐらいの背たけしかない少女がこわい顔で立っていた。
 まだ十五、六か。
 それがマヤだった。
 マヤは、アカマツが村人をおそいに来たものだと思っていた。それなのに、鬼の前に一人で立ちはだかるとは、なんておろかな子なのかと、アカマツはあきれたほどだ。
 ただ盆おどりを見ているだけだと言ったときに、すなおにそれを信じてにこっと笑い返したのにも、アカマツはおどろいた。
「いいか、鬼は、おまえの首なんか、片手で簡単にひねることができるんだぞ」
 アカマツがそう言っても、マヤは笑った。
「だけど、あんたはそんなことしないでしょう」
 どうして、こいつは鬼を信じることができるんだろう。それに、なぜ鬼の顔を見てもおびえないのか。アカマツはふしぎだった。
 マヤは親兄弟がなく、村で一番大きな地主の家にやとわれていた。毎日ひとりで山の上の畑をたがやしたり、水をかける。
 それを知ったアカマツは、ほかの人間にすがたを見られないよう気をつけながら、マヤの手助けをした。
 少女のマヤにまかされたていどの畑なら、鬼のアカマツにとっては何ほどのこともなく、毎日仕事は簡単にすんだ。
 仕事を早くかたづけると、アカマツはマヤの歌を聞かせてもらった。マヤのすんだ歌声とその美しい横顔に、アカマツはいつもうっとりするのだった。
 仲間の鬼たちが、アカマツをからかった。
「そんなに気に入ったんなら、さらってきたらいいだろう。何でばかみたいに畑仕事を手伝ったりする必要があるんだ」
 実際、アカマツの仲間には人間の女をさらってくるものもいた。さらわれてきた女たちはきれいな女が多かったが、みんな泣きさけび、悲しみで暗い表情をしていた。
 アカマツは、マヤにそんな表情をしてほしくなかった。明るいマヤが見たかったのだから。
「いいかげん、嫁さんをさがしてきたらどうだ。なんだったら、紹介するぞ」
 友人がそう言ったことがある。しかし、アカマツは何も言わずに首をふった。
 鬼はあまりにもみにくい。アカマツは子どものころからそう思っていた。それに対して、人間には美しいものが多い。人間の歌う声、おどりなども美しいと思っていた。
 だから、いつもひとりで里におりてきては、こっそりと村人たちの祭りを見ていたのだ。
 できれば人間の妻がほしい。いつもそう思いながら、アカマツはため息をついた。
「こんなみにくい鬼を好きになる人間なんて、いるわけがない」
 むりやりさらってきて妻にしても、もうそこには人間の美しさはない。最初は涙と鼻水を流し、顔をくしゃくしゃにして泣きさけぶ。その顔は全然美しくない。
 やがてすべてをあきらめ、泣くことをやめる。しかし、今度は笑うこともない。無表情の人間の顔はさらに美しくない。
 しかし、マヤはどうなのだろう。もしかしたら、マヤは俺のことが好きなのではないか。
 まさかと思いながらも、アカマツは、自分に向けられるまぶしい笑顔にかけてみることにした。
「マヤ、聞いてくれ」
 アカマツはマヤの目をのぞきこんだ。
 いつも笑っているマヤが、おびえたような顔をした。
 どうしてだ。アカマツはいっしゅん、ひるんだ。
 そのすきに、マヤが早口で言った。
「あたし、今度お嫁に行くことになったの」
 アカマツはしばらくぼうぜんとしてから、かすれた声を出した。
「どんな人間でも、鬼よりはましだろうな」
 マヤは、悲しそうに見つめ返した。
 マヤの嫁ぎ先は、隣の村だった。婚礼の前夜、マヤは馬の背に乗り、山をこえることになった。村の男たち数人が馬をひいている。
 とつぜん、遠くで、雷のような大きな音がした。男たちは首をすくめて空を見た。満月の空には雲一つなく、いなづまも見えない。
 しかし、雷のような音はたえまなく聞こえてくる。
 マヤはその音をずっと聞いているうちに、それがアカマツの声ににていることに気がついた。
 これは、歌なんだわ。
 マヤはくすっと笑った。
 なんて歌っているのかは、わからない。
 祝いの歌のような気がした。でも、その奥には、ふかい悲しみが感じとれた。
 山をこえるにつれ、だんだんその歌は小さくなっていったが、いつまでもとぎれなかった。
 マヤはほほえみながら、涙をうかべた。
 アカマツは大きな木の上にのぼり、えだにこしかけていた。そこからは、マヤのすがたがかすかに見える。
 アカマツは、最初おずおずと口をひらいた。何を歌えばいいのかわからなかったが、村人たちがお祭りのときに歌っている歌の中から、なるべく陽気なものを歌い出した。
 割れるような声しかでないし、全然歌のようでもない。しかし、アカマツはかまわず、知っている歌を次々に歌い出した。
 仲間の鬼たちが木の下に集まってきた。
「おい、何どなっているんだ」
「うるさいぞ」
 みんなが口々に言うのを、アカマツは気にもとめなかった。何でもいいから声を出さないと、胸がはりさけそうだった。
 マヤたちのすがたが見えなくなっても、アカマツはくりかえし歌いつづけた。
 真夜中、とうとう声が出なくなった。森に静けさがもどってしばらくたったころ、ふりしぼるようなつぶやきが、風に流れた。
「ああ、人間になりたいなあ」


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