| 沖縄がまだ琉球王国だった頃のお話です。 海辺の岩の上で、二人の男があぐらをかいて向き合っていました。ひとりはこがらですが、もうひとりは大きな男で、真冬の寒い時期なのに、はだかで腰に布をまきつけているだけです。 この男の頭には、つのが二本はえていました。タラーというその男は、まっかな顔をつらそうにゆがめて口をひらきました。 「自分が鬼になるなんて思ってもみなかった。心まで鬼になると、あばれまわって、人に乱暴したり物をうばったりするのが楽しくてたまらない。血を見ると、わくわくするほどだ。だが、人間の心にもどって自分がやったことを思い出すと、最悪の気分になる」 こがらな男サンラーは、変わり果てたタラーの姿に声も出ません。 「今は心だけでも時々人間にもどれるときがあるが、そのうち、心も完全に鬼になってしまうだろう」 タラーはそう言って、サンラーの目をみつめました。たとえ鬼になっていようと、その目だけは昔ながらの幼なじみの目でした。 「俺は、このまま鬼として生きていくつもりはない。完全に鬼になる前に死ぬつもりだ。ただし、意味のある死に方をしたい」 タラーは、サンラーの肩をつかみました。 「そこでおまえに頼みがある。妹のナビーのことだ。俺が鬼になってしまったことで、あいつもまわりから白い目で見られているだろう。どうせ死ぬのなら、あいつのためになるようにしたい。協力してくれ」 帰り道、サンラーはタラーから聞かされた計画を思うと、涙が出そうになりました。 サンラーはナビーの家に寄ると、タラーに会ってきたことを話しました。 「タラーには、まだ人間の心が残っている」 「ほんとに」 うつむいて聞いていたナビーが、顔をあげました。 「ああ、だけど、もうすぐ完全に鬼になってしまう。言いにくいことだが、その前に殺さなければならない」 ナビーの顔が青ざめました。 「そんなこと、できないわ」 「本物の鬼になる前に殺さないと、殺せなくなる。本物の鬼になったら、今以上に悪さをするだろう」 ナビーは泣き出しました。 しばらく泣いてから、ナビーも心を決めました。 翌日、ナビーとサンラーは、タラーの好物のムーチーをいっぱい作りました。香りの良い月桃の葉でつつみ、むしたモチです。 半分は普通の甘いモチ。もう半分は平たい石をモチでつつみました。 そして、サンラーはタラーから聞いた時間に、ナビーをつれて海辺のどうくつに行きました。そこはがけになっていて、がけ下には荒い波が打ち寄せています。 「兄さん」 ナビーが声をかけると、タラーがどうくつの中から顔を出しました。 「おう、ナビーか、久しぶりだな」 鬼になっても妹がわかるのか、それとも、今は人間の心にもどっているのか。サンラーはタラーと目を合わせたものの、その心をよみとることはできませんでした。 ナビーは、鬼になったタラーと会うのは初めてです。その顔つきのおそろしさに、思わず息をのみましたが、それでも無理して笑顔を作りました。 「兄さん、今日は寒いから、あたたかいムーチーでもいっしょに食べようと思って、持ってきたの」 そう言って、ナビーはムーチーの入ったかごを差しだして見せました。 「おお、これはうまそうだ」 三人は岩の上にすわり、月桃の葉を広げました。むしたての香ばしく甘いにおいがただよいます。 ナビーとサンラーは普通のやわらかいムーチーをむしゃむしゃとたいらげました。しかし、タラーに差しだしたムーチーは、石が入ったものです。鬼といえど、石をかみくだくのは容易ではありません。 タラーはふしぎそうな顔で、ナビーとサンラーを見つめました。そして意地になって石の入ったムーチーをかみくだいたので、タラーの口からは血があふれだしました。 「兄さん、どうしたの。まだひとつしか食べてないじゃない。あんなに好物だったのに」 ナビーがそう言うと、タラーは聞き返しました。 「どうして、こんなかたいものを、女のおまえが簡単に食えるんだ」 「まあ、これがかたいんですか。こんなにやわらかいのに」 ナビーは、もうひとつムーチーを取りだすと、むしゃむしゃと食べ始めました。そして、大きく口を広げ歯をむき出しました。 タラーはおどろいて、立ち上がりました。ナビーの口に大きなきばがはえていたのです。サンラーの作ったにせ物のきばですが、タラーは気づきません。 「おまえ、そのきばはどうした」 「兄さんが鬼になってから、はえてきたんです。お坊さんに聞いたら、これは、鬼を食い殺すためのきばですって」 ナビーはそう言って立ち上がると、にっと笑いました。 タラーは恐れおののいて、後ずさりました。ナビーがそのまま前に出てくると、どんどん後ずさり、とうとうがけっぷちに追いつめられました。 「た、たすけてくれ。あー」 タラーは悲鳴をあげながら、がけ下に落ちていきました。 ナビーとサンラーはがけ下をのぞきこみましたが、タラーの体はすでに波にさらわれて見えません。 「ああ、兄さんを殺してしまった」 泣きくずれるナビーを、サンラーが抱きとめました。 「ちがう。あれは、タラーじゃない。あれはもう鬼だ」 そう言いながら、サンラーは考えていました。タラーは鬼になっていたのか、それとも人間にもどっていたのかを。 心まで鬼になっているときの自分はばかだから、簡単にだませるはずだ。もし、鬼になってなければ、ばかなふりをしよう。前の日、タラーは、そう言ったのです。 でも、サンラーにはどっちなのかわかりませんでした。 ナビーが鬼を退治したといううわさはすぐに広まり、村の人たちは、また今まで通り、笑顔でつきあってくれるようになりました。 タラーのねらい通りでしたが、村人たちのあまりにも単純な変わりように、サンラーはいい気持ちがしませんでした。 それから一年後、ナビーとサンラーは夫婦になりました。 ナビーの家はもともと大きな地主の家で、人をたくさん使っていました。ナビーはやさしくて、使用人に無理をさせず、困っている人には食べ物やお金もあげるほどでした。 そんなナビーが、子どもが出来てから少しずつ変わってきました。使用人にきびしくなり、貧しい人に親切にすることもなくなりました。 「いくらうちがお金持ちでも、今まで通りやっていたら、この子が大きくなるころには貧乏になってしまうわ」 ナビーのその言葉に、サンラーはちょっと悲しくなりましたが、母親というのはそういうものかもしれないと思い、何も言いませんでした。 そのうち、ナビーはお金を貸して高い利子をとることまで始めました。タラーが昔やっていたのを、そばで見て覚えていたのです。 ナビーは情けようしゃなく、お金を取り立てました。 「いくらなんでもやりすぎじゃないのか」 サンラーもさすがに注意しました。 「そんな甘いこと言ってたら、誰も貸した金を返してくれません。第一、私はこの子のためにやってるんです。悪いことをしているわけじゃありません」 ナビーの怒った顔はまるで鬼のようで、サンラーはぞくっと背筋が冷たくなるのを感じたほどです。 その晩、サンラーが目をさますと、月の光が部屋の中にさしこみ、ナビーの顔をてらしているのが目に入りました。何げなくその顔を見ていたサンラーは、驚いてとび起きました。 ナビーの髪の毛が二カ所盛り上がっているのです。恐る恐るその部分をさわると、何かかたい物が髪の下にあります。 サンラーが絶望のため息をもらした時、ナビーが目をさましました。 「あなた、どうしたんです」 「自分の頭をさわってごらん」 ナビーは言われるがまま、頭を手でさわると、まっ青になりました。 翌朝早く、二人はお寺へ行き、おしょうさんにこぶを見てもらいました。 「まだ大丈夫だろう。今、心を改めれば」 おしょうさんの言葉に、ナビーは不服そうでした。 「いったい、どう改める必要があるんですか。私は何も悪いことはしていません」 「タラーもそう言ってたわい」 「兄さんが」 「ああ、タラーもあんたのためにと言って、金貸しを始め、むごいとりたてまでやった。そのうち、それが楽しくなったみたいだ。あんたも、それがほんとに子どものためなのか、よく考えてみるんじゃな」 お寺からの帰り道、思いつめた顔をしているナビーに、サンラーはぽつりぽつりとタラーがたてた計画のことを話し始めました。 「何ですって。じゃあ、あれは、兄さんから言い出したことなんですか」 「そうだ。タラーは最後までおまえのことを気にしていた。鬼になっても。でもな、他の人を傷つけながら、妹のためとか、子どものためとか言っても、そんなのは鬼の愛でしかないだろう」 ナビーはその場に泣きくずれました。 翌日、二人はムーチーを作ると、タラーが落ちたがけまで持っていき、祈りをささげた後、海に放り投げました。 落ちていくムーチーをみつめながら、ナビーの目には涙があふれ、いつしか頭のこぶも消えていったのです。 |