| 坊や、もう日も暮れているのに、こんなところで何をしているんだい。 うん、泣いているのか。 こんな暗い所じゃなく、あのあかりのところでブランコに乗ろうか。 どうしたのか、おじさんに話してごらん。 弟とけんかして泣かしてしまった? それで、家を出てきたのかい。 お母さんにおこられる? いつも弟を泣かしているのかい? でも、弟のことがきらいじゃないんだろう。好きなんだな。いつもは仲良く遊んでいるんだ。それなのに、時々けんかして泣かしてしまうんだね。 おじさんも弟がいてね、小さい頃は君と同じように、よくけんかして泣かしたものさ。 おじさんも君と同じようにお母さんにしかられるのがいやで、家を飛び出したことがある。 でもほんとは、お母さんにしかられるのがいやだったんじゃなくて、弟を泣かした自分がいやになったんだ。君もそうだろう。仲良くしたいのに、どうしてか、けんかしてしまう。 おじさんが子供の頃は、この辺もまだ家があまりなくて野原だったんだ。で、いつもその野原の真ん中にある大きな木の下にすわって泣いていたよ。 日が暮れてくると、この辺はまっくらでさびしくてね。でも、星が良く見えた。今はあまり見えなくなったけど。 夜空の星を見ていると、とっても悲しい気持ちになったもんだ。だって、星の世界はあんなに広いのに、自分はこんなにちっぽけで、こんな暗い所にかくれているんだから。 君もこの夜空を見ていると、やっぱりそう思うかい。 おじさんは夜空の星々を見ているうちに、自分なんて生きていても何の価値もないという気持ちでいっぱいになって、死んでしまいたいと思ったんだ。 そう思った時、声が聞こえた。 「人間として生きているのがいやなら、星になるといい」 おじさんはあたりを見回した。でも、だれもいない。 「ここだよ」 声がしたのは上だった。そこにはちょっと大きな星がひとつ、またたいていた。 そう、星が話しかけたんだ。 うそだと思うかもしれないけど、ほんとなんだ。おじさんも、最初は夢を見ているんだと思ったほどだ。 「だれ?」 「君の見ているこの星さ」 「まさか、星が話しかけるなんて」 「ぼくも元々は人間で、子供だったんだ」 「人間が星になれるの?」 「なれるさ」 「星になるのは、どんな気分なの」 「悪くはないよ。君が今感じているような悲しさとかはなくなるから」 「なやみとかがなくなるの」 「そうだよ。こんな大空から人間たちを見ていると、みんなつまらないことでけんかしたり、なやんだりしているのが良くわかるよ」 「ぼくも星になれるのかな」 「なれるとも。目をつぶってごらん」 からだが持ち上がったと思ったとたん、急にからだの感覚がなくなってしまった。びっくりして目をあけたら、まっくらな中に青い地球が見えたんだ。 おじさんがおどろいていると、また声が聞こえてきた。 「これで、君は星になった。どうだい、いい気持ちだろう」 おじさんは変な気持ちだった。からだがなくなって目も耳もないのに、地球が見えるし、あの少年の声も聞こえるんだから。 地球はとてもきれいだった。君も写真で見たことがあるだろう。暗いやみの中に、青い美しい地球が浮かんでいるのを。 おじさんは自分のなやみを全部忘れてしまうほどだった。あんなにきれいなものを見たら、だれだってそうだろう。 不思議なのは、地球すべてをいっぺんに見ることもできるし、自分が見たい国を見たければそこだけ見ることもできたんだ。そこに住んでいる人たちの家の中まで見ることができたし、話も聞くことができた。 自分の家は見なかったのかって? そうなんだ。どうしてか、自分の家を見ようという気はおきなかった。それどころか、おじさんは、弟のこともお母さんのことも忘れてしまっていた。 毎日、地球のあちらこちらを見ていた。 国々を見ていると戦争はあちこちで起こっているし、学校でも家でもみんながけんかをしている。 最初はとてもいやだった。人間って、どうしてこんなに争いごとばかりやっているのかって。 もちろん、いい人たちもいっぱいいた。自分のことよりも人のことをいっしょうけんめい考えて、助けてあげようとする人たちが。そういう人たちを見ていると、幸せな気持ちになったものさ。 でも、毎日見ているうちに、いいことにも悪いことにも、だんだん何とも感じなくなってきたんだ。 おじさんを星にしてくれた少年は、幼い時に両親を亡くして、親せきの家で育ったんだけど、毎日さびしくて星をながめていたらしい。 親せきの人たちは別に悪い人たちではなかったけど、彼のことをほとんどかまってくれなかったし、学校でも友だちができなくて、いつもひとりぼっちだった。悲しいことばかりで楽しいことがまったくない。そんな気持ちでいるぐらいなら星になった方がましだ、と思い続けているうちに、いつしか星になったのだと言う。 「だれにも相手にしてもらえないのは、死んでいるのと同じだ。星の方が、まだ人に見てもらえるだけ、ましだよ」 少年は最初のうち、よく話をしていたけど、だんだん口をきかなくなった。やがて、本物の星になってしまったみたいだ。 おじさんはちょっとだけさびしかったけど、すぐに忘れてしまった。おじさんもだんだん本物の星になりつつあったんだ。 もう少しで本物の星になろうかというある日、どうしたことか、自分の家が目に入った。星になってから初めてだった。 家では弟とお父さんお母さんが夕食を食べていた。三人とも話をせず、だまったまま食べていた。三人とも悲しそうだった。 食事が終わってしばらくしてから、弟がベランダに出て夜空を見上げた。ちょうど、おじさんと向かい合っているかっこうだ。でも、弟にはおじさんがわかるはずもない。 お母さんもベランダに出てきて、弟の肩に手を置いた。 「今日も星を見ているの」 「お兄ちゃんはきっと星になったんだ」 「そんなことないわよ。まだ、どこかで迷子になって帰ってこれないだけよ」 「お兄ちゃん、帰ってきて。もうけんかしても泣いたりしないから」 そう言いながら、弟は泣き出した。お母さんもいっしょに涙を流し始めた。お父さんは暗い顔ですわっていた。 それを見ているうちに、おじさんの心の中に何か熱いものがこみあげてきた。ずいぶん長いこと忘れていた感情だった。 思わず、涙がこぼれた。目がないのにどこからこぼれたのか、でもあれは涙だった。 「あ、流れ星」 弟がさけんだ。 「お兄ちゃんが帰って来ますように」 弟の願いが聞こえた。 その時だった。おじさんは、人間にもどっていた。そして、野原の木の下に立っていた。 そんな話信じられないって? そうだろうね。おじさんだって、今じゃ夢のような気がするよ。今日君に会うまで、ずっと忘れていたし。 ところで、公園の入口に女の人と男の子が見えるけど、君のお母さんと弟じゃないのかい。 そうかい。早くお帰り。 いくらけんかしたってかまわないさ。それだけ君たちは仲良しだってことなんだから。 おじさんはどうするかって? おじさんは、もう少しここで星をながめているよ。昔、おじさんに話しかけてきた少年の星が、今も見えるんだ。 あそこに青白く光る星が見えるだろう。あれが、その少年の星だ。 おじさんが人間にもどれたのは、弟がおじさんのことを考えてくれたからだ。弟が流れ星を見て自分自身のことを願っていたら、おじさんもあのまま星になってしまっただろう。 今日君に会ったおかげで、あの少年のことを思い出すことができた。ほんとはあの子のことを、いつも考えてやるべきだったんだ。ほかにだれも、あの子のことを思ってくれる人はいなかったんだから。 あの少年が人間にもどれるかはわからない。でも、星のままじゃ幸せじゃないよ。 悲しいこともつらいこともないけど、楽しいことも嬉しいこともないしね。 君も、時々は夜空を見てくれるかい。 そして、あの星になった少年のことを考えてほしい。 |