| 殿さまはぼーっとしてすわっていた。目の前で頭をさげている夢屋にも気がつかない。そして、ときおり幸せそうにほほえむ。 夢屋はだまってその顔を見ていた。 「おお、夢屋、来ていたのか」 殿さまはようやく夢屋に気がつくと、うれしそうに声をかけた。 「昨日おまえから買った夢はすばらしかったぞ。おかげでいまだに夢心地だ」 「それはようございました。わたしもお売りしたかいがあったというものです」 「さすがは、銀の夢だけある。しかし、これほどまでとは思わなかった」 「どのような夢だったのですか」 そばにいる家来がたずねた。 「人に話すのはちょっとおしい気がするが」 殿さまは笑いながら、話し始めた。 「夢そのものは単純だ。月に照らされた大きな木が、一本だけ草原に立っていた。その木は葉がすべて落ちて、枝だけが銀色に光っている。その木に両手を回してしがみついた時だ。自分と木がひとつになったような気がした。そうすると、木が見ているものがわしにも見えるのだ。まるで世界が自分のものになったような感じだ。この時の幸せな気持ちといったら、とても説明しようがない」 殿さまはまたうっとりとした表情になった。 家来たちはさっぱり理解できず、きょとんとした顔をしたが、夢屋だけは、にっこりとほほえんだ。 「のう、夢屋。銀の夢でこれだけ幸せな気持ちになれるのなら、金の夢だと、いったいどれほどのものだろうな」 夢屋はちょっと困った顔をした。 「金の夢も売っているのだろう」 「あつかってますが、これは簡単にお売りするわけにはまいりません」 「金ならいくらでも出す」 「もちろん、お値段も高くなりますが、金の夢は相手を選ぶのです。人によっては非常に危険な夢なのです」 「わしには、金の夢はふさわしくないと言うのだな」 殿さまはおこって立ち上がった。 「こいつ、わしをばかにしおった。牢にいれてしまえ」 夢屋は牢の中で、ためいきをついた。夢のお札の入った袋を取られてしまい、どのような結果になるのか目に見えていた。 金の夢は、英雄と言われるような人たちの見る夢だ。英雄の素質を持つ人がこの夢を見れば、大きな自信と、現実に人を動かす大きな力を持つようになる。しかし、普通の人がその夢を見たとしたら。 夢の袋を取り上げた殿さまは、にんまりとしていた。そして、日が落ちるや、さっそく床についた。 家来に、夢屋の布袋から取り出した金のお札を額に貼りつけさせ、竹筒に入った水をその上からしたたらせた。 殿さまはにんまりしたまま、寝入った。 それから数時間後、殿さまの大声に、家来はあわてて部屋のふすまをあけた。 殿さまはからだをおこし、血走った目で何ごとかわめいている。額に貼られた金のお札が異様に光っていた。 家来が殿さまを正気づかせようと、ゆすったりたたいたりしたものの、殿さまはなかなか夢からさめず、ついには立ち上がってあばれだした。 家来がさらに何人か集まってきて、おおぜいで殿さまをおさえつけた。それでも殿さまは騒ぐのをやめない。いつまでたっても正気に戻る気配がなかった。 「このお札のせいだ」 殿さまの額に貼られた金のお札を、家来たちはかわるがわるはがそうとしたものの、どうしてもはがすことができない。 「これは、夢屋にやらせるしかあるまい」 夢屋は牢から出されて、殿さまの前に引き出された。寝床に押さえつけられながら、大きな声でわめいている殿さまを目にして、夢屋は悲しそうな顔をした。 「夢屋、これはどういうことだ」 家来の一人がたずねた。 「先に話した通り、お殿さまには金の夢は重すぎたのです」 「どうすればいい」 「まずはその金のお札をはがす必要がありますが、そこまで光っているとなると、簡単にははがせません。別の札に金の色を移さないと」 「別の札とは」 「こういう方はいませんか。何の夢も望みもなく、その日その日を平々凡々と過ごしている方。死ぬ気はないけど、生きているのもつまらないなどとふだんから言ってるような方」 家来たちは顔を見合わせた。みんな、すぐにぴんときたようだ。 「時間がないので、手っ取り早くたずねますが、最近、何か変わった夢を見たことがありますか」 夢屋がそう聞くと、その男はどろんとした目を向けて答えた。 「夢なんて、もう長いこと見てないね。たまに見ても、短い意味のない夢だけだ」 夢屋はほほえんだ。 「それはけっこう」 夢屋はその男の額に真っ白のお札をのせ、竹筒から水をふりかけた。そして、しばらく待つ。普通、その人の見た夢の内容によって、そのお札がさまざまな色に変わる。だが、その男の場合、お札の色がぬけ、透明に近くなった。 夢屋はそのお札をいったんはがし、また別の真っ白なお札をのせて竹筒から水をふりかけた。それを十回繰り返した。 「これだけあれば何とかなるでしょう」 殿さまの寝室に戻った夢屋は、今集めてきたお札を殿さまの額の金のお札の上にのせると、両手でおさえつけた。すると、半透明のお札がみるみる金色に染まっていく。十分金色に染まると、夢屋はそのお札をはがし、また次の半透明のお札をのせて同じ事を繰り返した。 八枚目が終わった時、殿さまの怒鳴り声がやみ、額にはりついた金のお札も光を失って黄色っぽくなった。 そこで夢屋はゆっくりと、殿さまの額のお札をはがした。 「おお、はがれた」 家来たちは喜んだ。 やがて殿さまの静かな寝息が聞こえてきた。 翌朝、夢屋は殿さまの前に呼び出された。 殿さまはやつれた表情で、横になっている。 「夢屋か。確かにおまえの言う通りだった。金の夢はわしには荷が重すぎたようだ」 そう言って、殿さまは苦笑いをした。 「まさか、あんなに恐ろしい夢とはな。銀の夢があれだけすばらしいのだから、金の夢はそれ以上のものだと考えるのが普通だろう」 「金の夢は見る人によって内容が変わるのです。銀の夢の何百倍もすばらしい夢を見る人もいらっしゃるのですよ」 「そうか。しかし、わしの夢はたえられなかった」 「いったい、どのような夢だったのですか」 家来がたずねた。 「おおぜいの人間がむごたらしく死んでいくのさ。そのつど、わしはえらくなっていく。わしについてくる人間も増えていく。そしてわしの領土も財産も増えていく。しかし、戦も増えていくのさ。わしの愛する人間もどんどん死んでいく。それが永遠に終わらないのだ。その恐ろしさといったら」 殿さまはからだをふるわせた。 「夢屋、気分直しに明るい夢を何本か売ってくれ」 「わかりました」 夢屋は赤や黄色のお札をまとめて差し出した。 「それでは、わたしはこれで失礼します。どうぞ、ご養生ください」 「金の夢を吸い上げる時に、今まで持っていたよけいな欲まで吸い上げてしまったからな」 夢屋は、金の夢を移した八枚のお札を広げながら思った。 夢屋は今、山の一番高いところから、城下町を見下ろしている。 「やはり、燃やすのが一番いいか。今の時代にまともに金の夢を見ることのできる人間はおるまい」 そうつぶやくと、夢屋はたき火の中へ、八枚のお札を投げこんだ。お札はきらきらと光りながら燃えていった。 火が消えた後、強い風が吹いて、灰を巻き上げた。そして、ふもとの城下町へ吹き下ろしていった。 不思議なことに、灰は夕陽に照らされて金色に光り輝いている。 「灰になっても金の夢は金の夢か」 夢屋はゆっくりと山を下りていった。 さすがの夢屋も知らなかった。その夜、城下町の人たちの多くが何やらいつもと違う夢を見たことを。元気のない人が元気の出るような、勇気のない人が勇気の出るような、望みのない人が望みのわくような、そんな夢を見たことを。 それ以来、城下町の人たちはみんな生き生きと楽しそうに働くようになった。そして、いつもにこにこと幸せそうだった。 |
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