| 昔ある村に、多助というお人よしのはたらき者が住んでいた。 ある日、山にまきをひろいに行った多助は、うっかり奥まで入って道にまよってしまった。 川伝いにおりて行くと、川ぞいの木に白いものがほされているのに気づいた。 近づいてよく見ると、両手のひらでつつみこめるぐらいの小さなふくろだった。 すきとおるように白く美しい布だ。 「こら、何をしている」 多助がそのふくろにさわろうとした時、すぐ近くの岩の上からどなり声がした。多助がおどろいてふり返ると、岩の上に長く白いひげをはやした老人が立っている。 「このふくろはあなたの物ですか」 多助が聞くと、老人は不思議そうな顔をした。 「おまえにはそのふくろが見えるのか。ふーむ」 老人はうなりながら、岩からおりてきた。 「このふくろは心ぶくろと言って、普通の人間には見えないものなんだが」 「心ぶくろ?」 「そうだ。人間の心を外に出したものがそれだ」 「これが心なんですか。なんか信じられないなあ」 「じゃあ、おまえの心ぶくろを見せてやろう。ほら、じっとしていろ」 老人はそう言うと、多助の頭を押さえながら、口の中に指をいれた。多助はこわくなってにげようとしたが、老人の力は強く、動くことができなかった。そのうち急に力がぬけ、多助は川原の石の上にしゃがみこんでしまった。 「ほら、これがおまえの心ぶくろだ」 そう言って老人は多助の目の前でふくろをひらひらさせた。そのふくろは少し灰色がかって、ところどころ黒くよごれていた。 「普通の人間にしてはきれいな方だな」 「えへ、そうですか」 多助はにこりと笑ったが、うれしいという気持ちがおこらなかった。 老人は川で、多助の心ぶくろをていねいに洗い、それから木にほした。 心ぶくろがかわくまでの間、多助はぼーっとしながら、老人の話を聞いていた。 「人間の心ぶくろは、ほっとくとどうしてもよごれてしまう。人をにくむと黒くなるし、腹をたてると赤くなる。悲しい時は水色になる。よごれをそのままにしておくと、いっそうよごれやすくなるし、洗ってもなかなかおちなくなる。おまえの心ぶくろなどはきれいな方だが、人によってはものすごくきたないものがある」 「あのきれいなふくろは、あなたの心ぶくろなんですね」 「そうだが、べつにじまんするものでもない。こうやって山の中に一人で住んでいれば、だれだってあまりよごれないだろう。それに、わしは自分で自分の心ぶくろを洗うことができるからな」 やがて、かわいた心ぶくろをもどしてもらった多助は、心がものすごくさっぱりしていることに気がついた。お人よしの多助でも腹の立つことや悩みごとがあったが、それがきれいに消えていた。 「これはすごいや。ご老人、お願いです。心ぶくろの取り出し方と洗い方を教えてください」 「よかろう。おまえなら、これを人に役立てることができそうだ」 「おおかた、夢でも見たんだろう。心を取り出せるわけがないじゃないか」 「わかった。じゃあ、証拠を見せよう」 多助はそう言うや、彦一の頭を押さえつけて、口の中に指をいれた。 「な、何をする」 彦一はあばれたが、急にぐったりとなった。 「ずいぶんよごれてる。赤っぽいよごれが多いな。おまえには、これが見えないのか」 多助が心ぶくろを目の前でひらひらさせても彦一には何も見えず、目を白黒させるだけだった。 彦一をそのままにして、多助は彦一の心ぶくろを近くの井戸で洗った。しばらくかわかしてから、また彦一のからだの中にもどした。 彦一はおどろいた顔で起きあがった。 「あー、ものすごくさっぱりした気分だ。腹の立つことがあっていらいらしてたんだが、おちついた感じだ」 「これで、信じるか」 「うーん」 彦一はうなった。 この話は口伝えで広まり、村中の人たちが多助のところへたずねてきた。 村の人はだれも心ぶくろが見えなかった。だが、心ぶくろを洗ってもらうと気持ちがさっぱりするので、信じないわけにはいかなくなった。 それ以来、村の人たちは腹を立てたり悲しくなったりいやな気持ちになった時など、かならず多助のところにやってきて、心ぶくろを洗ってもらうようになった。 おかげで村の人たちはいつもさっぱりした気持ちで、おだやかにすごせるようになった。 うわさはとなりの村や町にまで広がり、やがてはお城の殿さまにまで伝わった。 殿さまは、目に見えないものは信じない人だった。そして、目に見えないものを見えるという人をきらっていた。 多助の評判を聞いた殿さまは、さっそく役人に多助をとらえさせ、牢に入れてしまった。 そのころ、殿さまには、竹千代というまだ十歳になったばかりの男の子がいた。竹千代はやさしい子で、殿さまは人一倍かわいがっていた。 その竹千代が病気がちで寝こんでいたが、ある晩、急にようだいが悪くなった。 医者がひっしに手をつくしたものの、とうとう竹千代は息をひきとった。 殿さまのなげきようは、だれも見ていられないほどだった。ずっと声をあげて泣きつづけ、食事もとらなかった。 あまりの悲しさに気がくるいそうになった殿さまは、多助のことを思い出した。そして、多助を牢から出し、自分のところへ呼び寄せた。 「おまえに、わしの今の心を救うことができるか」 殿さまはそう聞いた。 多助は、竹千代が死んで殿さまが悲しんでいることを知らされていた。あまり自信はなかったが、できると答えるしかなかった。 殿さまの家来たちが見守る中、多助は殿さまの心ぶくろを取り出した。 「これはひどい」 殿さまの心ぶくろはいちめん真っ青で、ところどころやぶけていた。 多助は殿さまの心ぶくろを洗ってほした。青いよごれは取れたが、やぶれているところはどうにもならなかった。 かわいた心ぶくろを殿さまのからだにもどすと、殿さまの顔が少しおちつき、家来たちもほっとした。 「気がくるいそうな悲しさはうすれたようじゃ。しかし、心に穴があいたような感じは消えていない」 殿さまはつぶやいた。 「お殿さまの心ぶくろは、実際にやぶけていました」 多助がそう言うと、家来のひとりがなんとかならないのかと聞いた。 多助はまだふとんに寝かされたままの竹千代に目をやった。そして、殿さまに許しを得て、竹千代の心ぶくろを手でさぐった。竹千代の心ぶくろはまだ残っていた。 多助は、ほーっとうなった。竹千代の心ぶくろは、山で会った老人の心ぶくろよりも、もっと真っ白でよごれがなかった。 「竹千代さまの心ぶくろで、お殿さまの心ぶくろの穴をうめてはいかがでしょうか」 「そういうことができるのか」 多助は竹千代の心ぶくろをはさみでいくつかに切り分け、殿さまの心ぶくろの穴にぬいつけていった。 殿さまも家来たちもだれ一人心ぶくろが見えなかったので、多助の手つきをきつねにつままれたように見ているだけだった。 やがて、ぬい終わった心ぶくろを、多助が殿さまのからだにもどした。 「おー」 殿さまは大きな声をあげて立ち上がった。そして、涙をぼろぼろ流した。だが、顔は喜びに満ちていた。 「竹千代の心を感じる。竹千代がわしの心の中にいる」 殿さまは多助のところにかけより、手をにぎった。 「多助、礼を言うぞ。竹千代はわしの心の中に生き返った。これで、竹千代はいつまでもわしといっしょだ」 殿さまは多助にほうびを与えて、村に帰した。 殿さまはそれ以来、何をするにしても、竹千代のやさしい気持ちにしたがって国をおさめた。やがて、国中の人が殿さまを慕うようになった。 殿さまが認めた多助のもとには、国中から人々が集まってきた。多助はいやな顔ひとつせず、せっせとみんなの心ぶくろを洗ってあげるのだった。 |
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