| ジラーが十年ぶりに帰ってきた日は、村中が大騒ぎになった。 ジラーがきんきらきんの派手な服を着ているのにも驚かされたが、村のみんなが一番びっくりしたのは、ジラーが鬼をつれてきたことだ。 ジラーの乗った馬の右には赤鬼、左には青鬼が、大きな行李をかかえて従っていた。 鬼たちはおとなしく歩いていたが、彼らが近づくにつれ、村人たちは後ずさった。 「やあ、みなさん、お久しぶり」 ジラーは馬の上から陽気に気どった声をあげた。 「この鬼たちは私に絶対服従で、決して乱暴しませんから、安心してください」 ジラーは笑いながら手をふり、知った人ひとりひとりに声をかけた。そして、朽ち果てた自分の屋敷に入っていった。 「あのジラーが成功して帰ってくるとはね」 マツおばーは吐き捨てるように言ったが、息子のタルーは黙ってジラーを見ていた。 「ねえ、おばー、あのジラーという人はあのおんぼろ屋敷の人なの」 孫のカラとシロが、マツおばーの手を両側からひっぱった。 「そうさ。ジラーの家は昔はずいぶん栄えていたんだけど、ジラーが全然働かなくてね。いっぱいあった財産もジラーが全部使って、親は嘆いて死んでしまった。ジラーも借金かかえて村を逃げ出したんだ」 それから、マツおばーはため息をついた。 「それにしても、よりによって鬼をつれて帰るなんて。おまえたち、絶対ジラーに近づくんじゃないよ」 「うん」 カラとシロはそう答えたものの、翌朝、仲間たちとジラーの屋敷にとんでいった。 「すげー」 ジラーの屋敷は一晩であばら屋から豪邸に変わっていた。 どうやって一日でこんなに立派になったのかと、子どもたちが騒いでいると、ジラーが出てきた。 「中へ入りな」 子どもたちは恐る恐る庭へ入った。 ジラーがさっと袖をふると、袖の中からさまざまな色をしたあめ玉が出てきた。ジラーは、それを子どもたちに一粒ずつ与えた。 生まれて初めてあめ玉を食べた子どもたちは、あまりの甘さに陶然とした。 「どうだ、うまいだろう。俺はフユーナムンジラーと言われてばかにされたけど、金持ちになって帰ってきた。明の国に渡って妖術を学んできたおかげで、鬼だって俺の思いのままに動く。屋敷もこうやって一日で元通りだ。おまえらの親たちは毎日朝から晩まで汗水流して働いても、こんなあめ玉ひとつ子どもにやることもできない。人間、頭を使わないと駄目さ」 ジラーは子どもたちに菓子を与えたり、明の国の不思議な話を物語った。また、鬼たちの力比べや簡単な妖術を見せたりした。 おかげで子どもたちはジラーに心酔し、朝から晩までジラーの屋敷に入り浸るようになった。 親たちは子どもを叱ったが、それでも子どもたちはジラーの所へ行くのをやめなかった。 カラとシロもマツおばーの言うことを聞かなかった。 ジラーは毎日屋敷でごろごろしているだけで、食べ物と酒は鬼たちが集めてきた。鬼たちは金など払わないから、村人が断ると、脅かして無理矢理に奪っていった。 村にはろくな食べ物も酒もないことがわかると、鬼たちは首里まで出かけ、そこから調達してきた。そこでも金は払わなかった。 首里からは役人たちが押しかけてきたが、鬼にかなうはずもない。 役人たちを投げ飛ばす鬼を見て、子どもたちは無邪気に喜んだ。 「このままじゃ、子どもたちが駄目になってしまうよ」 マツおばーは、何ごとかタルーにささやいた。タルーは黙ってうなずいた。 翌日、食べ物を調達している鬼たちに、タルーが声をかけた。 「おい、一緒にムーチーでも食わないか」 「ムーチー?」 赤鬼と青鬼は顔を見合わせた。 「食わしてくれるんだったら、何でも食ってやるよ」 タルーは鬼たちを引きつれて家に帰り、庭にござをしいて座らせた。 サンニンの葉の香りと蒸したてのムーチーのにおいがただよってきた。 「お、こりゃ、うまそうじゃないか」 鬼たちはよだれをたらした。 「さあ、たっぷり食べな」 マツおばーがムーチーを鬼たちの前にどっさりと積み上げた。 鬼たちはサンニンの葉を開いて、ムーチーにかぶりついた。 がりっ。 「いてー」 「なんだ、この硬さは。石が入ってるんじゃないのか」 鬼がすごい形相でマツおばーに食ってかかった。 「鬼のくせにこのぐらいで硬いだって。わたしの息子を見てごらん。平気で食ってるじゃないか」 鬼たちがタルーを見ると、確かにタルーは平気な顔でムーチーをぱくついている。 「おまえ、何ともないのか」 鬼が聞くと、タルーは口を開いて歯をむきだした。タルーの歯は血に染まって真っ赤だった。 「ちょっと血が出るが、このぐらい何ともない。俺の歯は鬼だって食える」 タルーはそう言うと、かっと鬼たちをにらんだ。 鬼たちは一瞬たじろぎ、逃げ腰になった。 「おまえたち、いいかげん、この村から出ていきな。さもないと、食っちまうぞ」 鬼たちはおびえた顔で、ひざまずいた。 「出ていきたいのはやまやまだが、ジラーが妖術で俺たちを縛りつけているんだ」 鬼たちが語るには、彼らの髪の毛を込めた人形にジラーが魔符を貼っている。その魔符をはがしてくれれば自分たちは自由になれる。 「魔符をはがせば、おまえたちはこの村から出ていくんだな」 「もちろん。人間の世界にも用はない」 鬼たちが帰っていくと、家の中からカラとシロが出てきた。二人は、鬼たちのムーチーには石が、タルーのムーチーには食紅がたっぷり入っていることに気づいた。 「なんだ、いんちきじゃないか」 「違う。鬼たちは、おとうの気迫に負けたんだよ。ジラーは自分の力じゃなく妖術で鬼たちを従えているけど、おまえたちのおとうは、自分の知恵と気迫で鬼を負かしたんだ」 マツおばーは子どもたちをさとした。 「気迫?」 「そうさ。そして、勇気さ」 子どもたちは黙って、父親をみつめた。 その夜、マツおばーとタルーはジラーの家に忍び込んだ。開け放たれた部屋の中には月明かりがさしこみ、魔符の貼られた人形はすぐにみつかった。タルーがそれをはがしている側で、ふとんの中のジラーを注意深く見ていたマツおばーは真っ青になった。 ジラーの頭に二つのこぶがあったのだ。マツおばーは昔のことを思い出してふるえた。 魔符がはがされた瞬間、鬼たちがおどるように部屋の中に飛び込み、ジラーの両脇を抱えて起こした。 「な、何をする」 「もうおまえの命令は聞かなくていいのさ」 鬼たちは歯をむき出して笑いながら、マツおばーとタルーに振り返った 「じゃあ、こいつも俺たちが連れていくぜ」 「もう、人間の世界に来るんじゃないよ」 「呼ぶやつがいなけりゃ、来ないさ」 そう言って、鬼たちはジラーを抱えたまま、月光の中に消え始めた。 「たすけてくれー」 泣き叫ぶジラーの声とからだも、次第次第に薄れていった。 その時、カラとシロが飛び込んできた。二人は消えていくジラーに手をさしのべた。ジラーがその手を握ろうとした瞬間、タルーが二人をかかえて引き戻した。 ジラーの最後の悲鳴が屋敷の中にこだまし、やがて静かになった。 ジラーの屋敷は、また元のあばら屋に変わってしまった。 「かわいそうだよ」 子どもたちは涙ぐんだ。 「しょうがないさ。鬼を呼び出した罰だ。それにジラーも鬼になりかけていたんだ」 「人間が鬼になるの」 「なるよ。鬼というのは、もともとはみんな人間だったんだ。人間としての大事なことを忘れてしまうと、鬼になってしまうんだよ」 「なに、人間としての大事なことって」 「いろいろあるけど、おまえたちがジラーを救おうとした気持ちも大事なものだ」 マツおばーは二人を抱きしめた。 「わたしの兄さんも鬼になってしまった。もう人間に戻れないとわかったから、今日と同じように、わたしがムーチーを使って退治したんだ」 子どもたちの頭の上に涙が落ちた。 翌日、タルーが畑に出ようとすると、ふたりの子どもたちもとびだしてきた。 「おとう、一緒に行くよ」 タルーはいつもと同じように無表情なまま、黙ってうなずいた。 マツおばーは嬉しそうに三人を見送った。 |
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