第29話「夏代の病気」 放映日:1974年4月24日(水) 脚本:てつまにあ
☆台所
夏代、夕食の支度をしている
信「(入って来て)ワイシャツはどこだったかね?」
夏代「タンスの一番上の引き出しよ」
信「そうか(出て行く)」
冬子「(入って来て)ねえ、私の白い靴は?」
夏代「ゲタ箱にあるでしょ。よく見てよ」
冬子「わかった(出て行く)」
あまり「(入って来て)算数の宿題教えて」
夏代「今忙しいの。後にしてよ」
あまり「は〜い(出て行く)」
秋枝「(入って来て)ブラウスのボタン取れちゃったんだ。付けてくんない?」
夏代「そんなの自分でやんなさいよ」
秋枝「針仕事なんてチマチマした事は性に合わないんだよ(ブラウスを置いて出て行く)」
十一「(入って来て)おい、俺のシャツどこやった?」
夏代「(イライラした口調で)昨日、自分で洗濯に出したでしょ。何でもかんでも私に聞かないでよ!
(仇のようにじゃがいもを切る)」
十一「ヒステリーか・・触らぬ神にタタリなしだな、こりゃ」
―オープニング―
☆朝・リビング
食事している面々。夏代、箸を持っているものの食が進まない
信「夏代、何かあったのかね?」
夏代「え?ううん、何にも無いわよ」
秋枝「また2階のフーテンと喧嘩でもしたんだろ」
夏代「そんなんじゃないの」
冬子「体の具合でも悪いんじゃない?顔色良くないわよ」
信「大丈夫かい?」
夏代「ちょっと疲れてるだけよ」
信「そんならいいが。無理するんじゃないよ」
夏代「大丈夫、心配しないで」
☆洗面所
夏代、気だるそうに洗濯している
十一「(入って来て)オーッス」
夏代「(答える気力も無い)」
十一「おはようぐらい言ったって、バチ当らねえだろ」
夏代「うるさいわね(だるそうに洗濯物を洗濯機に入れる)」
十一「体の具合でも悪いのか?熱でもあるんじゃねえか(オデコに手を当てようとする)」
夏代「(手を振り払って)何でもないったら」
十一「何だよ、人が心配してやってんのに。全く可愛げのねえ女だな!(出て行く)」
「バーン」とドアが閉まる大きな音。夏代、オデコに手を当てる
☆スタジオ居間
十一、イライラしている。煙草に火を点けようとして、マッチが何本も折れる
十一「クッソ!(マッチ箱を放り投げる)」
ゲン「(火の点いたライターを差し出し)どうしたんですか、先輩」
十一「(火を点けて)何でもねえよ」
ゲン「また夏代さんと喧嘩したんでしょ?」
十一「バカヤロウ!・・人が折角心配してやってんのに、チクショウ」
ゲン「まあまあ、ここは冷静になって」
十一「うるせい!よーし、今夜はパーッといってやる!」
☆台所
夏代、辛そうに夕食の支度をしている
秋枝「(入って来て)ただいま」
夏代「あ、お帰りなさい。早いのね」
秋枝「不景気だからね。手伝おうか?」
夏代「いいわよ」
冷蔵庫を開けようとして、夏代フラッとよろめく
秋枝「(慌てて支え)どうしたんだよ」
夏代「何でもないの」
秋枝「(オデコに手を当て)すごい熱じゃないか。バカだな」
夏代「大丈夫よ、大した事ないわ」
秋枝「何言ってんだい!こんな時まで意地張るんじゃないよ」
秋枝、夏代を支えながら出て行く
☆渋谷・思い出横丁
十一、ゲン歩いている
ゲン「先輩、早く帰った方がいいじゃないですか?」
十一「うるせえ!お前は俺の言う通りについて来ればいいんだ!」
ゲン「何を言うんですか。僕はこれでも社長ですよ」
声「ヨッ、社長!」
十一、ゲン振り返る
キャバレー「ちんちろりん」の前に、派手なハッピを着た客引きがいる
客引き「社長、社長、うちの店でパーッといったら、不景気なんか吹っ飛んじゃいますよ」
十一「(ウンザリした顔で)いいよ」
客引き「カワイ子チャンが至れり尽せりのサービスをして、三千円ポッキリ!」
十一「ほんとか?」
客引き「ホントですよ。私は今までウソを言った事無いのが自慢なんですから」
ゲン「先輩、よしましょうよ」
客引き「さあさあ、不景気なんかオサラバしましょう。お二人さん、ごあんなーい」
十一、ゲン、客引きに押され店内に入る
☆夏代と秋枝の部屋
夏代、ベットに寝ている。冬子、あまり、心配そうにそばに立っている
秋枝「(布団を直して)全く、無理し過ぎるんだよ」
夏代「ごめんなさいね」
秋枝「いいさ。フー子、水枕持ってきな。マリーは氷嚢に氷入れてきて」
冬子、マリー出て行く。入れ違いで、信、入って来る
秋枝「医者は?」
信「すぐ来てくれるそうだ。疲れが出たんだろう、しばらくゆっくりするといい。十一君は?」
秋枝「まだ帰ってきてないよ。ったく、何やってんだ、あのトンチキ」
☆キャバレー「ちんちろりん」店内
ケバケバしい照明の下、ケバケバしい化粧をした女達が客を相手にしている
十一とゲン、ボックス席に座っている。ホステスが両隣にいる
ホステスA「こっちの社長さん、この小さい目がセクシーだわ」
ゲン「そうですか、どうも」
ホステスB「私はこっちの社長さんの方が好き。ワイルドで。食べちゃいたいくらい」
十一「俺も食べられてみたい、ギャハハハ」
ホステスB「ホント?嬉しいわ〜ん(十一の手を自分の胸に押し当てる)どう?」
十一「結構大きいね」
ホステスB「あなたの為に、毎日鍛えてるのよ〜」
十一「またまたまた。上手い事言って」
ホステスA「今日はうんとサービスするわ。楽しくやりましょう」
十一「そうそうそう、パーッといかなくっちゃ。ギャハハハ」
☆1階廊下
信、冬子、あまり部屋の前に立っている。秋枝と医者、出てくる
信「(冬子に)さ、お送りして」
冬子「はい」
冬子、医者、玄関の方へ行く
信「で、何だって?」
秋枝「過労だって。二、三日ゆっくり寝て、栄養のあるもん食べれば大丈夫だってさ」
信「そうか・・良かった」
秋枝「姐御、一人で気張ってたんだな」
信「ああ」
☆玄関ホール
医者「それでは、お大事に」
冬子「ありがとうございました」
医者出て行く
あまり「大丈夫かな、夏姉ちゃん」
冬子「うん」
十一、帰って来る
十一「おお、美人がズラッとお出迎えか、ハハハ」
あまり「お酒くさーい」
十一「ごめんよ、マリーちゃん、君も大人になれば判るさ、ハハハ。じゃ、お休み
♪デカンショー、デカンショーでぇ半年暮らしゃ、ヨイヨイ(2階へ)」
冬子「無神経もいいとこね」
秋枝「(出てきて)帰ってきたのか?トンチキ野郎」
冬子「あいつが病気になりゃいいのよ」
☆十一の部屋
十一、入って来る
十一「(バッグを椅子に置き)あの子けっこういい体してやがったな、ヒヒヒ」
秋枝、怒った顔で入って来る
十一「人の部屋に入って来る時は、ノックぐらいしろよな」
秋枝「こんな時間まで、何してやがった?」
十一「何をしようと、俺の勝手だろ(ベットに寝転ぶ)」
秋枝「姐御、病気で寝込んでるんだ」
十一「風邪かなんかだろ」
秋枝「医者の話じゃ、あと三ヶ月持つかどうか・・」
十一「下手な冗談はやめてくれよ」
秋枝「こんな事冗談で言えるか!」
十一「(起き上がり)ホントか?」
秋枝「(睨んでいる)」
十一「バカヤロウ、何でそれを早く言わねえんだよ!(慌てて出て行く)」
秋枝「(外に向かって)あんたなんかに、姐御は勿体無いんだよ!」
☆夏代と秋枝の部屋
十一、駆け込んで来て、ベットの脇に屈みこむ
十一「(悲壮な顔つきで)おい、大丈夫か?何の病気だ?不治の病か?いいか、日本中の病院歩いたって必ず直し
てやるからな。日本がだめなら、アメリカでもどこでも行ってやる。だから俺より先に死ぬんじゃねえぞ。
結婚もしねえ前に俺一人残さないでくれよな!」
夏代「オーバーね。ただの過労よ」
十一「へ?」
夏代「ちょっと無理しちゃったみたい」
十一「何でい(力が抜けへたり込む)あの野郎、とんでもねえ事言いやがって」
夏代「秋ちゃんね、フフフ」
十一「笑い事じゃねえよ。こっちは肝が潰れるとこだったんだぞ」
夏代「そんなに心配してくれたの?」
十一「当たり前だろ!ヒック」
夏代「お酒飲んで来たの?」
十一「まあ・・ゲンが行こう行こうって言うから・・ごめん」
夏代「いいのよ。たまには」
十一「うん・・それより何か食ったのか?」
夏代「ううん、あんまり食欲も無いし」
十一「バカだな、そんなんじゃ良くならねえぞ。そうだ、ちょっと待ってろ(出て行く)」
☆リビング
秋枝、2階から降りてくる
十一、部屋から出てきて、慌しく台所の方へ行く
ドアの所から不思議そうに見ている秋枝
☆台所
十一、りんごを4等分に切り、おろし金ですりおろす
それをふきんに入れて搾り、コップにりんごジュースを作る
十一「ハハハ、これこれこれ」
☆リビング
十一、コップを持って、慌しく部屋の方へ行く
秋枝「おやおや、大騒動だね」
☆夏代と秋枝の部屋
十一、夏代の背を支えて体を起こす
十一「(コップを渡し)さ、これ飲んでみろ」
夏代「(ひと口飲み)美味しい」
十一「だろ?子供の時、病気になるとオフクロが作ってくれたんだ。これ飲みゃ、病気なんて
一発で治っちまうよ」
夏代「ありがとう(コップを返す)」
十一「もう飲まないのか?」
夏代「あとで飲むわ」
十一「じゃあ、ここに置いといてやるよ(サイドテーブルにコップを置く)」
秋枝、入って来る
十一「じゃ、俺、行くから。お休み(秋枝に)おやすみなさーい(出て行く)」
秋枝、自分のベットに腰かけ、コップを手に取る
秋枝「ご苦労なこった(微笑む)」
☆朝・リビング
信、秋枝、冬子、あまり、食事している
冬子「こんなに大変とは思わなかったわ」
秋枝「朝飯1回作っただけで、もう根を上げてんのか」
冬子「だって・・夏姉ちゃん、毎日こんな事してたんだなと思ったらさ」
秋枝「確かに、姐御に甘えすぎたかもしれないな」
信「そうだな・・これからは、少しでも夏代の負担が軽くなるように、皆で協力していこうじゃないか」
秋枝「ああ」
冬子「そうね。また倒れられちゃ、大変だもん」
信「あまりもいいね」
あまり「はーい」
信「ところで、今日はどうするかね?夏代を一人にしておくわけには、いかんだろ?」
秋枝「私がついてるよ」
冬子「お店は?」
秋枝「一日ぐらい休んだって、どうってことないさ。どうせ不景気だし」
信「そうか、すまんが頼むよ」
☆玄関ホール
十一、バッグを肩から下げて降りてくる。リビングの様子を窺い、廊下の方へ行く
☆夏代と秋枝の部屋
十一、そーっと入って来る
十一「少しは熱さがったか?」
夏代「昨日よりは大分良くなったみたい」
十一「そうか。うちの事は心配しないで、ゆっくり寝てろよ。妹達がゴロゴロしてるんだから」
夏代「うん。仕事でしょ?私は大丈夫だから」
十一「ああ・・じゃあ、行って来る。早く帰って来るから(出て行く)」
☆リビング
十一、心配げな顔つきで出て来て、後ろを振り返りながら出かける
冬子「なあにあれ。まるで幽霊みたい。青白い顔しちゃってさ」
信「心配しとるんだろ」
冬子「だったら普段からもっと気を使ってあげるべきだわ」
信「十一君だけの責任じゃないよ。我々にも至らないところはあったんだから」
冬子「それはそうだけど・・でも、あれじゃ夏姉ちゃんが可哀想よ」
秋枝「姐御も意地っ張りだからね」
冬子「なにが?」
秋枝「もっと気楽にやりゃいいのに」
☆夏代と秋枝の部屋
秋枝、おかゆを載せたおぼんを持って入って来る
秋枝「どうだい?ちっとは良くなったかい?」
夏代「うん、昨日より良くなったわ」
秋枝「りんごジュースもいいけど、おかゆも食いなよ」
夏代「ありがとう(身体を起こす)」
秋枝「姐御、あんまり一人で気張るんじゃないよ」
夏代「うん(おかゆを食べる)」
秋枝「何でも一人で背負い込みすぎなんだよ」
夏代「私は自分に出来る事をしてるだけよ」
秋枝「だからってさ・・もっと甘えたっていいんじゃないかな」
夏代「甘えるって?」
秋枝「うん?それを待ってるヤツがいるだろ」
夏代「(照れ臭そうに目を伏せる)」
☆スタジオ居間
十一、煙草を持ったままじっと考えている。灰が根本まで来ている
ゲン、煙草を指でトントンと叩き、灰皿に落す
十一「あ?」
ゲン「何ボーっとしてんですか。昨夜、夏代さんにとっちめられましたんでしょ?」
十一「お前はイメージが貧困だなあ、財布の中味も貧困だけど」
ゲン「それは先輩が、キチンとモデル料払ってくれないからじゃないですか」
十一「そんな事よりゲン、お前料理できるか?」
ゲン「そりゃまあ、多少は。稲葉先生ほどじゃないですけど」
十一「よし!じゃ、お前に頼もう」
ゲン「はあ?」
☆台所
秋枝、ドアの所に立っている
冬子「(入って来て)ただいま(驚いて)どうしたの?」
十一とゲン、頭に三角巾をしてエプロン姿で料理している
冬子「何よこれ?」
秋枝「いきなり夕食作るって言いやがったのさ」
冬子「どういう風のふきまわし?」
秋枝「ちょっと薬が効き過ぎたかな(出て行く)」
冬子「どういう事?(後を追って出て行く)」
ゲン「先輩、そんなに皮を厚く剥いたらだめですよ」
十一「え?そうか、ハハハ。どうりで、このじゃがいも身が少ねえと思った」
十一、丸のままのじゃがいもを鍋に入れる
ゲン「そのまま入れてどうすんですか!」
十一「うるせえな。食えればいいんだろ、食えれば」
ゲン「全くもう。不器用な人は、どいてどいて」
十一「後輩のくせに、命令すんな!」
☆夏代と秋枝の部屋
夏代、ベットに体を起こして座っている。秋枝入って来る
夏代「料理してるんだって?」
秋枝「(ベットに腰かけ)ああ、何考えてんだかわかんねえなあ、あの男」
夏代「良いとこあるじゃない、フフ」
秋枝「相当脅しが効いたらしいや。でも・・・あんなに姐御に惚れてるとは思わなかったな」
夏代「やあね、秋ちゃん」
秋枝「嬉しいくせして(立ち上がり)さてと、胃薬飲んどくかな(出て行く)」
夏代「(嬉しそうに微笑む)」
☆リビング
お膳の前に座っている面々、それぞれの前にカレーの皿が置かれている
あまり「な〜んだ、カレーか」
冬子「そうよ、あんなに大騒ぎしてさ。どんなご馳走が出てくるかと思ったのに」
十一「食えるだけで、ありがたいと思え」
秋枝「何だい、こりゃ?(スプーンの上に丸のままのジャガイモが乗っている)」
ゲン「先輩、ちゃんと切らなきゃダメだって言ったでしょ」
十一「食えりゃいいんだよ!」
ゲン「味付けは僕がしましたから、大丈夫ですよ」
信「(食べて)うん、なかなか美味いよ」
冬子「なんとか食べられそうね」
ゲン「でしょ?」
秋枝「胃薬はいらねえか」
ゲン「先輩が作ったら、そうなってたかもしれませんねえ」
十一「うるへい!さっさと食え!」
十一、丸のままのじゃがいもにカブリつく
☆栗山家外・深夜の静寂
☆1階廊下
夏代、パジャマ姿で洗面所から出てくる。台所の方から物音
☆台所
十一、水を飲んでいる
☆リビング
夏代、十一の後ろ姿を見ている。飲み終わって振り返った十一、夏代に気づく
十一「(口をパジャマの袖口で拭って)何してんだよ?さっさと寝ろよ」
夏代「もう大丈夫」
十一「ぶり返したら、どうすんだよ」
夏代「ホントに大丈夫なのよ」
十一「無理しやがって、素直じゃねえな、ホントに」
夏代「食べたかったな」
十一「え?」
夏代「あなたが作ったカレー」
十一「あれはゲンの野郎が作ったんだよ。俺だったらもっと豪勢で美味いもん作るよ」
夏代「じゃあ、今度作って。私の為に」
十一「そりゃいいけどさ・・そんな事より早く寝ろよ」
夏代「大丈夫よ。熱だって下がったし(十一の手を自分のオデコに当てて)ほら、ね?」
十一「(見つめる)」
夏代「(見つめる)」
十一、オデコから頬に手を下ろし、身体を傾げて夏代にキス
夏代、十一の胸に手を置く
十一、夏代を強く抱きしめ、右手をパジャマの中に差し入れようとする
夏代、その手を押し返す
夏代「だめ」
十一「どうして?」
夏代「結婚するまではダメよ」
十一「そんな・・」
夏代「私が好きなら待って。お願い」
十一「(フッと手の力が抜ける)」
夏代「(身体を離して)おやすみなさい(小走りで部屋に入る)」
十一「おい!・・チェッ、またお預けか。余計眠れなくなっちまった!(台所へ)」
☆台所
十一、冷蔵庫からビールを取り出し、床の上に座ってラッパ飲み
十一「チクショウ・・どうすりゃいいんだよ、俺は!(流しの下の扉を思い切り叩く)」
弾みで、流しの上のじゃがもが、十一の頭の上に次々落ちてくる
十一「イテッ、イテッ・・くそ〜、俺のほうが病気になっちまうよ〜」
顔をしかめる十一(ストップモーション)
―おわり―