第30話「ふたりのために・・?」 放映日:1974年5月8日(水) 脚本:てつまにあ

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☆深夜・十一の部屋
 暗い室内、十一、布団の中で何度も寝返りをうつ
  十一「あ〜もう〜(起き上がり)寝られやしねえ」
 ベットから出て、暗室に入る

☆暗室
 水道の蛇口をひねり、頭に水を浴びる
  十一「(頭を上げ)はあ〜」

☆十一の部屋
 暗室から出て来て椅子に座る
  十一「(煙草に火を点け)どうなっちまったんだ、俺」
―オープニング―

☆朝・リビング
 食事している面々
  秋枝「フー子、朝飯作るの手伝うんじゃなかったのかい」
  冬子「そう思ってたんだけどさ」
  秋枝「いつも口ばっかりなんだから」
  冬子「じゃあ、秋姉ちゃんはどうなのよ?」
  秋枝「何が?」
  冬子「洗濯は任しとけなんて言っといてさ」
  秋枝「これからやろうと思ってたんだよ」
  冬子「自分だって口だけのくせに」
  秋枝「何だって!」
  夏代「やめなさいよ、朝から。急にやろうとしても無理なのよ」
  信「しかし、夏代に任せっ放しという訳にもいかんだろう。結婚すれば、十一君の世話だって
    しなければならんし」
  秋枝「あいつ、相当世話かけるだろうな」
  夏代「大丈夫」
  冬子「どうして?」
  夏代「自分の事は自分でやるように躾けるもの」
  冬子「かなり自信ありげね」
  夏代「最初が肝心なの。まあ、見てらっしゃい」
 2階から十一が降りて来て、洗面所の方へ行く
 夏代、立ち上がって急いで洗面所へ
  冬子「どうだろ。何が最初が肝心よ。もう世話焼いてるじゃない」
  秋枝「頭と心は別なんだよ」
  冬子「ホント」

☆洗面所
 十一、寝不足でボーっとしている
  夏代「(入って来て)ねえ、朝ごはん一緒に食べない?」
  十一「いいよ(歯を磨く)」
  夏代「遠慮することないじゃない」
  十一「いいったら」
  夏代「(コップに水を入れて差し出す)」
  十一「(ドギマギして受け取り、口をゆすぐ)」
  夏代「どうしたのよ?」
  十一「何でもねえよ(顔を洗う)」
  夏代「はい(タオルを渡す)」
  十一「(イラついて)いちいち世話焼くなよ!(出て行く)」
  夏代「ヘンな人」

☆リビング
 十一、イライラした顔で入って来る
  秋枝「朝から喧嘩か?」
  十一「うるせえな、俺のことに干渉するな!」
 十一、2階へ駆け上がる
  冬子「さては、夏姉ちゃんに何か言われたな」
 夏代、入って来て座る
  冬子「ね、どうしたの?」
  夏代「さっぱり判んないわ。一人でイライラしてるんだもん。放っとけばいいわ」
  秋枝「あれかもしんねえな」
  冬子「あれって?」
  秋枝「欲求不満」
  冬子「やあだあ、秋姉ちゃん」
  秋枝「バカだね。同じ屋根の下に住んでりゃ、そうなるのが当たり前だろ」
  冬子「そうか。夏姉ちゃん、どうするの?」
  夏代「どうするって・・」
  秋枝「さっさと結婚しちまえばいいんだよ」
  夏代「そんな事言ったって・・」
  信「いや、秋枝の言う通りだよ。今のままでは、夏代だって落ち着かんだろ」
  夏代「そりゃそうだけど・・彼の方がどう思ってる判らないし」
  冬子「彼は夏姉ちゃん次第だと思うわ」
  夏代「でもね・・今の状態じゃ無理だと思うわ」
  秋枝「金かい?」
  夏代「うん・・」
  秋枝「そば屋のツケに四苦八苦してるようじゃな」
  信「とにかく、一度彼と話してごらん」
  夏代「そうねえ・・」

☆スタジオ居間
 十一、イライラと煙草を吸っている
  十一「おい、コーヒーでも入れろよ」
  ゲン「はいはい(台所へ)あ、カップはスタジオだったかな(スタジオへ行きすぐ戻ってくる)
     こっちだ。こっちだ」
  十一「うろうろすんなよ!」
  ゲン「何をイライラしてるんですよ」
  十一「別に!」
  ゲン「ま、先輩の気持ちも判りますけどね」
  十一「何でお前に判るんだよ」
  ゲン「同じ屋根の下に住んでいながら、指一本触れられないなんてねえ。お察ししますよ、ホント」
  十一「勝手に察するな!」
  ゲン「ここはやっぱり、スッキリさせた方がいいんじゃないですか?そうすれば、すぐに解決しますよ」
  十一「そうか・・よし!今度温泉マークに引っ張り込んでやるか」
  ゲン「バカだなあ。そんな事したら先輩はスッキリするでしょうけど、夏代さんとの仲はそれでパー
     ですよ」
  十一「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
  ゲン「結婚しちゃえばいいんですよ」
  十一「結婚?そんなに簡単にいくかよ!」
  ゲン「お互いの気持ちはもう確認し合ってるんでしょ?」
  十一「そりゃ、まあ・・」
  ゲン「だったら役所に婚姻届を出すだけですよ」
  十一「簡単だな」
  ゲン「“俺と結婚してくれ”とでも言って指輪を渡せば、後はトントンと」
  十一「指輪?そんな物渡すのか?」
  ゲン「当たり前ですよ。それが男の誠意、甲斐性ってもんですよ」
  十一「男の誠意ねえ・・」

☆十一の部屋
 十一、入って来てベットに座る
  十一「男の誠意か・・」
 ポケットを探り金を出す。三千円と小銭が少し
 立ち上がって、机の引き出しの中を探す。260円出てくる
  十一「あ〜あ、4千円ぽっちじゃ、男の誠意もあったもんじゃねえな」
 夏代、入って来る。十一、慌てて金をポケットにしまう
  夏代「あのね、ちょっと話があるんだけど・・」
  十一「うん?お、俺もちょっと話があるんだ」
  夏代「なに?」
  十一「君からどうぞ」
  夏代「あなたから言ってよ」
  十一「う、うん・・け、け、け、け、け」
  夏代「ヘンな笑い方しないで」
  十一「そ、そうじゃないよ」
  夏代「じゃあなあに?」
  十一「その〜、つまり〜、あれがあれして」
  夏代「はっきり言って」
  十一「だから、け、け、け(裏返った声で)結婚のことなんだよ」
  夏代「結婚って、私たちの?」
  十一「う、うん。もうそろいいんじゃないかと思ってさ」
  夏代「それ、プロポーズ?」
  十一「ま、まあ」
  夏代「フフフ、実はね、私の話もそれなの」
  十一「え?ホントか?なんだ、だったら早く言えよ。汗かいちゃったじゃねえか」
  夏代「だってプロポーズは男の人からするもんでしょ?」
  十一「うん、まあ」
  夏代「実はね、今朝お父さんに言われたのよ」
  十一「おじさんに?」
  夏代「今のままじゃ落ち着かないだろうから、あなたと相談しろって」
  十一「そうか・・」

☆信の部屋
 信、お茶を飲みながら新聞を読んでいる
 新聞記事「ケニンゴ大統領初来日。ケニンゴのマハトッチ大統領が、5月下旬から約1週間の予定で
      親善訪問する事に・・尚、大統領の訪日に合わせて、大場大使も一時帰国する予定・・」
  信「5月下旬か・・急がんといかんな」
 扉が開き、十一と夏代が姿を見せる
  十一「ちょっと、いいですか」
  信「ちょうど良かった」
  十一「は?」
  信「いや、ささ(座るように進める)」
 十一と夏代、並んで座る
  十一「じ、じ、実は、け、け、け」
  夏代「(つねる)」
  十一「イテッ・・じ、実はですね、け、け、結婚の事なんですが」
  信「決ったかね?」
  十一「ええ、何となく」
  信「それで?」
  十一「あの、取り合えず籍を入れて、結婚式はお金を貯めてからという事で・・」
  信「どういう事なんだい?」
  十一「はあ。僕はご覧の通りの状態で、式まで手が回りそうにないんですよ。だからまず籍を入れて
     金が貯まったらその時にでもって事で」
  信「夏代もそれでいいのかね?」
  夏代「ええ・・もちろん式は挙げたいけど、でも・・」
  信「十一君のそばにいたいのかい?」
  夏代「(恥かしげに肯く)」
  信「しかしなあ・・」
  十一「結婚式も挙げられないなんて、自分でも情けないと思うし、そんな男に大事な娘をやれないと
     おじさんが思うのも無理ないです」
  信「そんな事はないさ」
  十一「僕なりに男の誠意も見せる覚悟でいますから、どうか結婚を許して下さい。お願いします!」
  信「ああ」
  十一「許して貰えますか?」
  信「当たり前じゃないか」
  十一「良かった」
  信「ただなあ・・やっぱり式は挙げた方がいいよ」
  十一「でも、先立つものが・・」
  信「私が出すよ」
  十一「え?おじさんが?」
  信「ああ、それぐらい父親らしい事させてくれよ、ハハハ」
  夏代「お父さん・・」
  信「だから結婚式の事は、全て私に任せてくれるね?十一君」
  十一「おじさん・・(頭を下げる)」

☆玄関ロビー
 十一と夏代、信の部屋から出てくる
  十一「いいのかな?これで」
  夏代「お父さんの言う通りにして、お願い」
  十一「でも、余計な金使わせちまってさ・・何か申し訳なくて」
  夏代「これから、二人で恩返しすればいいわ。ね?」
  十一「うん・・まあ」
  夏代「それより、男の誠意って何よ?」
  十一「うん?そりゃ色々とさ」
  夏代「色々何よ?」
  十一「そのうち判るって」
  夏代「もったいぶちゃって(台所へ)」
   
☆夏代と秋枝の部屋
 秋枝、刀の手入れをしている。ドアにノックの音
  秋枝「ほ〜い」
  十一「(入って来る)こんばんわ」
  秋枝「姐御なら台所だよ」
  十一「いや、君に聞きたい事があって」
  秋枝「旅館の入り方でも教えろって言うのかい?」
  十一「そんなんじゃねえよ」
  秋枝「じゃあ、何だい?」
  十一「うん・・君、指輪のセールスしてただろ?それで、ちょっと・・」
  秋枝「何だよ、ハッキリ言いなよ」
  十一「だから、いくらぐらいするもんかと思ってさ」
  秋枝「何が?」
  十一「その・・結婚・・指輪」
  秋枝「結婚指輪!」
  十一「バカ!デカイ声出すなって」
  秋枝「へえ〜、あんたでもそんな事すんの?」
  十一「そりゃ、男の誠意ってもんよ。で、いくらぐらいだ?」
  秋枝「ピンからキリまで、いろいろさ」
  十一「キリの方でいいから」
  秋枝「ま、聞いてみるよ」
  十一「じゃ頼んだぞ。あ、あいつには言うなよ(出て行く)」
  秋枝「驚きだね、こりゃ」

☆朝の街

☆リビング
 食事している面々
  秋枝「姐御、指輪のサイズいくつだっけ?」
  夏代「何よ、急に」
  秋枝「ちょっと聞いてみただけさ」
  夏代「指輪でも買ってくれるって言うの?」
  秋枝「何で私が買わなきゃいけないんだ」
  夏代「じゃ誰よ?」
  冬子「まさか2階の?」
  秋枝「さあね」
  冬子「そんなの有り得ないわよ。飲み屋の付けも満足に払えない人に、指輪なんか買えっこないわ」
  秋枝「どうだかね」
  夏代「何かあったの?」
  秋枝「別に」

☆週刊ドリーム編集部
 十一、神谷編集長に写真を見せている
  十一「どうですか?編集長の為に、作家生命をかけて撮ったんです」
  神谷「大げさな事言うなよ。でも、最近なかなか評判いいよ」
  十一「本当ですか?これもひとえに編集長のご指導のタマモノだ、そう思っとります」
  神谷「いやに持ち上げるじゃないか、ハハハ(思い当たり)さては下心があるな?」
  十一「とんでもない、下心だなんて。ただ、ちょっとお願いが・・」
  神谷「ほらきた。言っとくけどね、大場君。前借りはダメだよ。稲葉先生の分が残ってるんだから」
  十一「そんな事言わないで下さいよ。僕の人生にとって、大きな曲がり角なんですから」
  神谷「編慮しないで曲がりゃいい」
  十一「そんな、ごむたいな」
  神谷「とにかく、前借りは絶対にダメだ」
  十一「はあ〜、男の誠意が遠ざかる」

☆スタジオ居間
 十一、情けない顔で入って来る
  十一「どっかに儲け話でも転がってねえかな」
 電話鳴り、十一取る
  十一「もしもし、稲葉勇作スタジオ・・あ、君か」

☆シャングリラ
  秋枝「どうしたんだよ、情けない声出して。あ、指輪の事だけどさ、3万っていうのがあったよ」

☆スタジオ居間
  十一「3万か・・もっと安いのねえのか?」

☆シャングリラ
  秋枝「何言ってんだよ。結婚指輪なんだからね、それくらい出しなよ。あんた、姐御に惚れてんだろ?
     ウダウダ言ってやがるとぶっ飛ばすぞ!」

☆スタジオ居間
  十一「わ、わかったよ・・ああ・・じゃあ、明日渡すよ(切る)と言ってもアテがあるわけじゃなし」
 ゲン、入って来る
  ゲン「いやあ、暖かくなりましたねえ。ポカポカして」
  十一「お前の頭と同じだよ」
  ゲン「どういう意味ですか?またシケタ顔しちゃって。蕎麦屋からツケの催促でもされたんですか」
  十一「バカヤロウ!そんな低い次元の事で、悩んでる顔か!」
  ゲン「じゃあ、どうしたんですか?」
  十一「俺はな、男の誠意も示せない情けない男だってことだよ、ああ無情」
  ゲン「なに格好つけてんですか」
  十一「うるせい!・・なあゲン、指輪買わなけりゃマズイのか?」
  ゲン「女は執念深いって言いますからね。仮に結婚できたとしても、一生指輪の事でイビられるかも」
  十一「一生?」
  ゲン「まあ、そこらでも歩き回ってみるんですね。百円ぐらい落ちてるかもしれませんよ」
  十一「もうやったよ!」
  ゲン「へ?」
  十一「おい、お前貸してくれねえか?3万でいいんだ」
  ゲン「ダメですよ。貸すような金なんかありませんよ」
  十一「ケッ、シケタ野郎だな」
  ゲン「どっちが」
  十一「何?」
  ゲン「いえいえ」
  十一「どうすりゃいいんだべ」
  ゲン「まあ、あとはお馬ちゃんにでも頼むんですねえ」
  十一「バカヤロウ、テメエ(首を締めて)俺の神聖な気持ちを踏みにじろうってのか!」
  ゲン「く、く、苦しい〜離して〜」
  十一「(手を離し)汚らわしい事言うな!」
  ゲン「ゲホッ、じゃあどうするんですか?」
  十一「だから悩んでるんじゃねえか。いったい俺は、どうしたらいいのだ!」
  ゲン「いつから舞台役者になったんですよ」
  十一「うるさい!」

☆玄関ホール
 十一、意気消沈して帰って来る
  十一「金、金、金かあ」
  秋枝「(出て来て)どうしたんだよ、情けない顔して」
  十一「何でもねえよ」
  秋枝「指輪、注文しといたよ。金は大丈夫だろうね?」
  十一「3万ぐらいの金、どうって事ねえよ」
  秋枝「ならいいんだ。キャンセルなんて事になったら、私の信用にも関わるからね」
  十一「わかってるって。ちゃんと耳を揃えて払ってやるよ(2階へ)」
  秋枝「危ない感じだな」

☆十一の部屋
 十一、入って来てベットに座り考え込む
 視線の中に、机の上の望遠レンズが入る
 立ち上がって、レンズを手にとり、じっと考える

☆玄関ホール
 十一、2階から駆け下りてきて出て行く
 夏代、台所から出て来て怪訝な顔をする

☆質店「ボロ屋」前
 十一、辺りを窺いながら中へ入る

☆「ボロ屋」店内
 質屋の親父、望遠レンズを繁々と見ている
  十一「な、3万でいいんだ」
  親父「しかしねえ」
  十一「これだって5万近くしてんだぞ」
  親父「でも大分使ってますんでねえ。3万はとても」
  十一「えーい、面倒くせい!じゃ、これならどうだ!(バックからもう1本、望遠レンズを出す)」
  親父「これねえ」
  十一「な、頼む!この通り(頭を下げる)」
  親父「仕方ない。お貸ししましょう」
  十一「ホントか?ありがとー!」
  親父「じゃ3万円。これは質札です」
  十一「(受け取り)助かったーハハハ」
  親父「流さないようにね(レンズを奥へ持っていく)」
  十一「すぐに出してやるからな。クソッ、男の誠意もつれえや」

☆朝の街

☆夏代と秋枝の部屋
 秋枝、鏡の前で顔の手入れ。ドアにノックの音
  秋枝「はいよ」
  十一「(入って来て)金、持ってきた」
  秋枝「借金でもしてきたのかい?」
  十一「うるせえな」
 十一、ポケットから金を出す。一緒に紙切れが落ちるが気づかない
  十一「ほら3万、これでいいだろ」
  秋枝「確かに。指輪は今夜渡すよ」
  十一「ああ(出て行く)」
 秋枝、床に落ちている紙切れに気づいて拾う
 「金3万円なり。望遠レンズ2本」と書かれた質札
  秋枝「そういう訳か」

☆台所
 夏代、後片付けをしている
  秋枝「(入って来て)姐御」
  夏代「なあに?」
  秋枝「今夜、あいつが指輪くれるらしいよ」
  夏代「まさか」
  秋枝「本当さ」
  夏代「じゃ、こないだの?」
  秋枝「ああ」
  夏代「お金も無いくせに」
  秋枝「ホント。あ、これ(半分に折った紙切れを渡す)」
  夏代「何これ?」
  秋枝「さあ(出て行く)」
  夏代「(開いて見て、質札だと知る)バカね」

☆質店「ボロ屋」
 夏代、質札を見ながらやってくる。店の名前を確認して中に入る

☆スタジオ居間
 十一、スタジオから出てくる
  十一「(煙草に火を点け、ポケットをさぐる)あれ?質札どこいったかな?」
 床に這いつくばって、辺りを探す
 チャイムが鳴り、ゲン入って来る
  ゲン「こんにちは。何してるんですか?」
  十一「え?いや、ちょっと」
  ゲン「それより、どうしました?」
  十一「何が?」
  ゲン「指輪のお金」
  十一「銀行で借りてきたよ」
  ゲン「銀行?」
  十一「3丁目にあるだろ」
  ゲン「3丁目?ああ、ノレンのかかった銀行ね。流れないように、お祈りしてます」
  十一「あたりめえだ!」
  ゲン「男の誠意も大変ですねえ」
  十一「全くだよ。男ってのはつれえもんだぜ、なあゲン」
  ゲン「ホント、ホント」

☆夜・栗山邸外

☆台所
 夏代、後片付けをしている
  秋枝「(入って来て)ただいま」
  夏代「遅かったのね」
  秋枝「貧乏ヒマなしだよ。姐御、今日出かけた?」
  夏代「なんで?」
  秋枝「いや、別に(出て行く)」
  夏代「ヘンな子ね」
 玄関の開く音がする

☆十一の部屋
 十一、入って来る
  十一「・・ズバッと直球で言った方がいいか、それともくせ球で言った方がいいか・・」
  秋枝「(入って来て)おい」
  十一「ワッー!ビックリさせんなよ」
  秋枝「ほら、これ(指輪の箱を見せる)」
  十一「お!これか(蓋を開けて)なんだ、ダイヤじゃねえのか」
  秋枝「バカだね。これはルビー、姐御の誕生石だよ」
  十一「へえ〜」
  秋枝「何にも知らねえんだな」
  十一「悪かったね」
  秋枝「ま、シッカリやんな(出て行く)」
  十一「おい」
  秋枝「(立ち止まり)なんだい?」
  十一「ひとつ借りができちまったな」
  秋枝「あとで倍にして返して貰うよ(ちょっと微笑み、出て行く)」
  十一「あいつ・・」

☆台所
 夏代、明日のお米を研いでいる
  十一「(入って来て)んん(咳払い)」
  夏代「(振り返り)何か用?」
  十一「それ終わったら、俺の部屋に来てくんねえか」
  夏代「どうして?」
  十一「ちょと用があるんだよ」
  夏代「どんな用?」
  十一「(照れ臭さを隠して)いいから、来ればいいんだよ(出て行く)」
  夏代「(微笑みながら見送る)」

☆十一の部屋
 十一、落ち着かずにウロウロしている
  十一「いいか、落ち着け、落ち着け。大した事じゃねえんだから」
 ベットに腰かけるが落ち着かない。立ち上がって、一升瓶の酒を注ぎ飲む
  十一「よし(もう一杯飲んで)これで大丈夫だ。たかが女の一人や二人、ハハハ」
 夏代、紙袋を持って入って来る
  夏代「お待たせ」
  十一「ヒャッ!」
  夏代「何よ、かえるを踏み潰したみたいな声出しちゃって」
  十一「きゅ、急に声かけるからだよ」
  夏代「で、用って何かしら?」
  十一「うん・・つまりさ・・その・・俺、なんかモヤモヤしちゃって」
  夏代「ヘンな事したら、秋ちゃん呼ぶわよ」
  十一「そうじゃねえよ」
  夏代「じゃあ、なあに?」
  十一「だから、その」
  夏代「じれったいわね。ちゃんと判る様に言って!」
  十一「これだよ!(指輪を差し出す)」
  夏代「(蓋を開けて)なんのプレゼント?」
  十一「だから、結婚指輪だよ」
  夏代「結婚指輪・・」
  十一「こんなもんしか買えなんかったんだ、ごめんな」
  夏代「ううん、ありがとう」
  十一「これが男の誠意よ、ハハ」
  夏代「私もあなたにプレゼントがあるの(紙袋を差し出す)」
  十一「プレゼント?(袋の中を見て、レンズを取り出す)お前、これ」
  夏代「ダメじゃない。商売道具を質屋さんなんかに入れちゃ」
  十一「お前が金出したのか?」
  夏代「うん、ちょっとね。質屋のおじさんに、奥さんですかって言われちゃった」
  十一「あのクソ親父・・でも、これじゃ意味ねえじゃねえか」
  夏代「いいの。お金の問題じゃないわ。気持ちだけで充分」
  十一「でも男の誠意がさ」
  夏代「判ってるわよ」
  十一「ええ?」
  夏代「それに、もっと素敵な指輪、とっくに貰ってるもん(指に嵌めたフィルムの切れ端を見せる)」
  十一「そんなつまんないもん・・」
  夏代「私には、どんな大きなダイヤよりも大切な物なの」
  十一「バカだな、お前」
  夏代「しょうがないじゃない。だって、あなたみたいな人好きになっちゃったんだもん」
  十一「(抱きしめて)バカヤロウ」
 固く抱き合う二人、自然と唇が重なる
 月夜の晩、二人の周りだけ、時間が止まり続けた・・
―おわり―

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