第31話「夫婦喧嘩は妹も食わない」 放映日:1974年5月15日(水) 脚本:てつまにあ
☆青木家・アパート
春子、スパゲティーを調理している
チャイムが鳴り、青木入って来る
青木「た、ただいま」
春子「お帰りなさい。疲れたでしょ」
青木「それほどでも」
春子「今日はね、あなたの好きなスパゲティーよ(皿に盛る)」
青木「さ、さきに風呂入ってきます」
春子「その前にアレちょうだい(手を出す)」
青木「アレって?」
春子「判ってるくせに。お給料よ」
青木「そ、そうでしたね(ポケットから出して、恐る恐る渡す)」
春子「あら、封が開いてるわ(中を見て)ねえ、あなた、明細より1万少ないわよ」
青木「じ、実はですね、ツケを払ったもので」
春子「ツケって何のツケ?」
青木「キャ、キャバレーの」
春子「キャバレーですって!」
青木「仕方無かったんですよ。後輩に奢ってやらなくちゃいけない立場だし」
春子「毎月お小遣い上げてるじゃないの!」
青木「判ってくださいよ」
春子「冗談じゃないわ!許せるもんですか!(スパゲティーを掴んで投げつける)」
青木「(頭にすだれの様にスパゲティーがぶら下がる)春子」
―オープニング―
☆リビング
食事している面々
十一「(入って来て)どうも、お言葉に甘えまして」
信「さあさあ」
十一「ハッ(冬子の隣りに座る)」
夏代「はい(ご飯をよそった茶碗を差し出す)」
十一「恐れ入ります」
秋枝「気持ち悪いなあ」
十一「どうも、こういうのに慣れてないもんで」
夏代「すぐ慣れるわよ」
あまり「結婚式はいつ?」
夏代「6月2日、そこの成城教会で」
冬子「一ヶ月も無いじゃない」
信「一日でも早い方がいいだろうと思ってね」
秋枝「そう、腹がふくれてきても困るしね」
十一「な、なんて事言うんだよ」
夏代「そうよ、やあね秋ちゃんたら」
あまり「ねえ、結婚してもこのウチに住むの?」
夏代「そのつもりよ」
あまり「お兄ちゃんの部屋?」
夏代「ええ」
信「あの部屋じゃ狭いだろ」
冬子「部屋って言えば、春姉ちゃんが使ってた部屋どうする?空けとくだけじゃ勿体無いわよ」
信「そうだなあ・・順番からいけば秋枝だが」
秋枝「あたしゃいいよ。寝るなんてどこだって同じだし、また引越しなんて面倒くさいよ」
冬子「じゃあ私ね?順番からいけば」
信「そうだなあ。どうだろうね?」
夏代「秋ちゃんがいいなら、それでいいんじゃない?」
冬子「決った。嬉しいわあ、やっと一人でノビノビできる。マリーと一緒じゃ勉強も出来ないんだもん」
秋枝「した事もないくせに」
あまり「じゃあ、私も今の部屋一人で使っていいの?」
秋枝「マリーは私の部屋に来な」
あまり「どうして?」
秋枝「そうすりゃ、2階は新婚さんで使えるだろ」
信「うん。それがいい。もともと2階は十一君のもんなんだし」
冬子「ねえ、すぐ引っ越していい?」
秋枝「結婚してからにしなよ」
冬子「いいじゃない」
信「好きにしたらいいよ」
冬子「じゃ今度の日曜日に引っ越すわ。(十一に)手伝ってね」
十一「俺が?どうして?」
冬子「だって、お兄様でしょ」
十一「チェッ、こんな時ばっかり」
玄関の開く音がする
夏代「誰かしら?」
ドタバタという足音がして、スーツケースを持った春子が入って来る
冬子「春ねえちゃん!」
夏代「どうしたの?」
春子「お父さん(信に泣きつき)私、家を出てきたの」
信「何だって?」
☆成城学園駅
青木、しょぼくれた顔で改札を出てくる
☆リビング
春子、ハンカチを握りしめて泣いている
信「何があったんだ、いったい?」
春子「あの人、私を裏切ったのよ」
秋枝「浮気でもしたのかい?」
春子「そんな事したら絞め殺してるわよ」
信「じゃあ、何があったんだい。ちゃんと順序だてて話しなさいよ」
春子「昨日、あの人のお給料日だったのよ」
冬子「いくら貰ってるの?」
春子「そうね、手取りで・・そんな事関係ないでしょ!」
信「まあまあ、それでどうしたんだい?」
春子「いつもは封を切らずにくれるのに、昨日は開いてたのよ。それでヘンだなと思ったら、案の定。
一万円も抜いてたの。問い詰めたら、キャバレーのツケに払ったって言うのよ。酷いでしょ?」
冬子「なんだ、そんなこと」
秋枝「馬鹿馬鹿しい。そんなことウチ帰ってやってくれよ」
春子「そんな事とは何よ。夫婦にとっては大問題だわ。そう思うでしょ、夏ちゃん」
夏代「うん・・でも、それくらい大目に見てあげたら?」
春子「まあ、夏ちゃんまで。じゃあ夏ちゃんは、このフーテンさんがキャバレーに行っても構わないって
言うのね」
夏代「そういう訳じゃないけど、色々付き合いもあるだろうし・・」
春子「ジャックさん、理解がある奥さんで良かったわね」
十一「俺はお宅の旦那と違って、女を見る目があるからね」
春子「何ですって?」
信「ちょっと落ち着きなさいよ。それで?」
春子「月々お小遣いあげてるのに、そんな裏切り行為をするような人の顔なんて、見るのもイヤだわ」
秋枝「離婚か。遅かれ早かれこうなると思ってたよ」
春子「誰が離婚なんて言ったのよ」
冬子「じゃあ、どうするの?」
春子「一生イビッてやるわ」
十一「ゾーッ」
春子「取りあえず、しばらくここに置いてもらうわ」
冬子「ええ?」
秋枝「冗談じゃないよ」
春子「うるさいわね!私の心は、今とっても傷ついてるのよ。妹だったら少しは慰めてくれたって
いいでしょ!」
春子、昔の春子の部屋の方へ行く
冬子「ちょっと、どこいくのよ」
春子「私の荷物だって置いてあるんだからいいでしょ!」
冬子「図々しいわね」
春子「私の気持ちなんか、誰にも判りゃしないのよ!(部屋に入る)」
秋枝「判りたくもねえよ」
冬子「さっさと帰ればいいのに」
信「まあそう言わずに、春子の気の済む様にしてやってくれ。頼むよ夏代」
夏代「しょうがないわね、全く」
☆十一の部屋
十一、写真のチェックをしている。夏代、コーヒーをおぼんに載せて入って来る
夏代「コーヒー入れたわ」
十一「おう」
夏代「(テーブルにカップを二つ置く)」
十一「(ひと口飲んで)ヒステリー姉さんは、どうしたい?」
夏代「一人でメソメソ泣いてたわ。本当は気が優しいんだけど」
十一「俺は、あんなヒステリーはゴメンだねえ。よくあんな女と結婚したもんだって、感心してんだ」
夏代「結婚すれば、あなたの姉さんになるんじゃない」
十一「そりゃそうだけど」
夏代「ほんとに困っちゃうわ」
十一「放っとけばいいんだよ」
夏代「そうはいかないわよ」
十一「相変らずだな」
青木「(声)こんばんわ」
夏代「青木さんだわ」
十一「情けない男の登場か」
夏代出て行く
☆玄関ホール
夏代、2階から降りてくる。青木、疲れた顔で立っている
青木「すいません、こんな夜分遅くに」
夏代「迎えに来たんでしょ?」
青木「ええ・・まあ」
夏代「さ、どうぞ」
夏代、青木、リビングの方へ行く
十一、冬子、階段の上から顔を出す。下りて来てリビングの様子を窺う
☆リビング
青木、部屋の前に立っている。夏代、信、そばにいる
青木「(ノックして)春子、春子。今度のことは本当に済まないと思ってます。だから機嫌直して
一緒に帰ろう。ね、春子」
春子「(声)うるさいわね!あんたの顔なんか見たくないのよ」
青木「そんな事言わないで、お願いだから帰ってきてくれよ」
春子「(声)イーヤ!さっさっと帰ってちょうだい!」
青木「はるこ〜」
秋枝、部屋から出てくる。十一、冬子入って来る
信「青木君、春子も興奮してるようだし、少し時間を置いた方がいいんじゃないかな。なあ夏代」
夏代「ええ。春子姉さんも意地っ張りだから」
青木「そうですか。はあ(溜息)」
十一、秋枝、冬子、お膳の前に座って、可笑しいそうにヒソヒソ話している
信「ま、とにかくこっちへ」
信、夏代、青木、お膳の前に座る
信「明日になれば、春子も落ち着くさ」
青木「だといいんですが・・はあ(溜息)」
十一「情けねえなあ。そんなんだから女房になめられちまうんだよ」
夏代「ちょっと」
青木「そうなんです。僕は情けない男なんです(立ち上がる)」
信「青木君、お茶でも飲んでいかんかね?少しは気分が落ち着くかもしれない」
青木「いえ、帰ります」
秋枝「毒なんか飲むんじゃないよ」
夏代「秋ちゃん!」
青木、トボトボと出て行く
十一「何だい、ありゃ。家出した女房なんか追っかけてきやがって」
冬子「ジャックさんは、夏姉ちゃんが家出しても放っとくの?」
十一「あたぼうよ。女房が家出したからってオタオタするかよ」
秋枝「へえ〜、姐御が病気だって聞いてオタオタしてたのは、どこのどなたさんでしたっけね」
十一「あ、あれはもののハズミで」
夏代「(クスッと笑い)それより、春子ねえさんどうする?」
信「う〜ん。困ったなあ」
秋枝「放っときゃいいんだよ」
夏代「そんな事言ってたら、ずっといるかもしれないわよ」
冬子「冗談じゃないわよ。引っ越そうと思ってたのに」
夏代「だったら、春子姉さんを青木さんのもとに返す方法考えてよ」
十一「ホウキを逆さまにして、手ぬぐい被せるとか、ハハハ」
夏代「真面目に考えて」
秋枝「返す方法ねえ」
☆朝・栗山邸外
☆リビング
食事している面々。十一入って来るが、座るスペースが無い
十一「あ、そっか。今日は余分なのが一人いるんだ」
春子「(ジロッと睨む)」
十一「じゃあ、後にするわ」
夏代「いいわよ、ここ座って」
十一「そお?じゃ、失礼して(夏代の隣りにピッタリくっ付いて座る)ちょっと窮屈かな、ハハハ」
あまり「なんかお内裏様とお雛様みたい」
秋枝「こんなヘンテコナお内裏様がいるかよ」
十一「なに?」
冬子「でもさ、そうやって並んでると、けっこうお似合いよね」
夏代「そう?」
秋枝「そうだ、あんた、食費ちゃんと入れてくれよな」
十一「食費?」
秋枝「結婚したら姐御の分と二人分だよ」
十一「どうして?」
信「いいさ、そんな事は」
秋枝「そうはいかないよ。結婚したら所帯は別になるんだからね。生活費を入れるのが当然だろ」
十一「そりゃまあ・・」
冬子「ねえ、ジャックさんの月収ってどのくらいなの?」
十一「どのくらいって・・スタジオの経費とか差っ引くと・・5万ぐらい」
秋枝「たったそれっぽっち?」
十一「しょうがねえだろ。俺の仕事はサラリーマンとは訳が違うんだから」
冬子「夏姉ちゃん、そんなので生活できる?」
夏代「大丈夫。ぜーんぶ私が管理するから」
十一「全部って、俺どうするんだよ?」
夏代「毎月お小遣いあげるわ。そうね、5万の収入だったら1万ぐらいかしら」
十一「1万って、それじゃ・・・一日300円!。煙草2箱買ったら、40円しか残らねえじゃねえか」
秋枝「インスタントラーメンなら35円で買えるよ」
十一「毎日ラーメン食えってのかよ!」
夏代「それがイヤなら、もっと頑張って稼いでよ」
十一「チェッ」
春子「ごちそうさま(立ち上がって部屋に入る)」
十一「なんでえ(ご飯をかきこむ)」
☆スタジオ居間
十一、ゲン、スタジオから出てくる
ゲン「先輩、今日はいやにはりきってますねえ」
十一「あたりめえだ。生活がかかってんだからな。毎日ラーメン食わされてたまるか」
ゲン「そうですねえ。結婚すれば子供だって出来るだろうし」
十一「子供って・・お前」
ゲン「いい年して照れる事ないでしょ」
十一「なあ、どっちに似ると思う?」
ゲン「夏代さんに似ればいいですけど、そうじゃなかったら悲惨でしょうねえ」
十一「そうだな・・おい!」
ゲン「すいません、つい本音が」
十一「ケッ!それより買ってきたか?」
ゲン「あ、そうでした(ポケットから馬券を出す)」
十一「これこれ、ハハハ。4−5の一点買い!」
ゲン「4−5っていうと(新聞を見て)ハイジャックとカシューナッツか。ガチガチの本命ですね」
十一「ああ、これからは、着実な生活設計が必要だからな」
ゲン「馬券で生活設計ねえ」
十一「そろそろ始まるな。おい、ラジオつけろ」
ゲン「はいはい(スイッチ入れる)」
競馬実況「(ファンファーレの音)」
十一「頼むぞー!(馬券握りしめる)」
競馬実況「各馬一斉にスタートしました。先頭はヒヤシンス、本命のハイジャックとカシューナッツは中盤
につけています。やや遅いペース。後半にもつれそうな展開。第2コーナーを回ったところで、
ハイジャックとカシューナッツが出てきました」
十一「よーし!行けー!」
競馬実況「激しい展開です。ビビンバホイホイ、トラヌタヌキ、ハイジャック、カシューナッツがダンゴ状態
で第3コーナーを回りました!おっと、ここでユメノアトサキがもの凄い差し足で出て来ました!
ハイジャック追いつけるか!」
十一「行け!行け!」
競馬実況「第4コーナーを回り、各馬激しい鞭!ユメノアトサキ、トラヌタヌキ、ハイジャック、カシュー
ナッツ!ユメノアトサキ、トラヌタヌキ、ユメノアトサキ、ユメノアトサキー!ユメノアトサキ
1着でゴールイン!2着にはトラヌタヌキ!本命のハイジャック、もう一足届きませんでした。
大変な番狂わせです!」
十一「チクショー!どうなってんだよ!」
ゲン「僕に言われても困りますよ。文句は馬に言って下さい」
十一「馬で上手くいかないなんて、シャレにもなりゃしねえ!」
ゲン「馬券で当てようなんて考えるからですよ。着実な生活設計を考えるなら、コツコツ仕事するのが
一番です」
十一「やっぱり?」
ゲン「(大きく肯く)」
☆玄関ホール
十一、フラフラで帰って来る
夏代「(出て来て)なあに、ふやけたお豆腐みたいな顔しちゃって」
十一「バカヤロウ、昼から何にも食ってねえんだ」
夏代「しょうがないわねえ。夕飯あるんだけど、食べる?」
十一「え?ホントか?」
夏代「お口に合うかどうか判らないけど」
十一「俺、何でも口に合わしちゃうから、ハハ」
夏代、十一、リビングへ
☆リビング
春子、電話のそばでウロウロしている
夏代、十一、入って来る
夏代「電話?」
春子「そうじゃないわよ(座る)」
夏代「(座ってお膳の上のフキンを取る)」
十一「(座って)美味そうだな、こりゃ」
夏代「(ご飯をよそって)はい」
十一「おお、サンキュ、サンキュ(食べて)うめえ」
夏代「そう?ねえ、これは?」
十一「(ナスのミソ炒めを食べて)うまい」
夏代「じゃこれは?」
十一「(ピーマンのひき肉づめを食べて)うまい」
夏代「他に言いようがないの?」
十一「何て言えばいいんだよ。うまい物はうまい」
夏代「(クスッと笑い)ねえ、好き嫌いとかあるの?」
十一「そうだな、分厚いステーキとか鯛のさしみとか・・」
夏代「あのね、食べたいもの聞いてるんじゃないの。好き嫌いよ」
十一「そうか。なまこの酢の物以外だったら、何でもいいよ」
夏代「味付けは?甘口?辛口?」
十一「どっちでもいいよ」
夏代「張り合いがないわねえ(箸で煮物のサトイモを取り)これ食べてみて
(十一の口の前にもって行く)」
十一「え?」
夏代「あ〜ん」
十一「(春子を見て)いいよ」
夏代「いいじゃない」
十一「うん・・じゃあ(パクッと食べて)うまい」
夏代「良かった」
春子「(横目で見ている)」
十一「(照れ臭そうにご飯をかきこむ)」
夏代「あ〜あ、ダメじゃない(口の周りをふきんで拭く)」
十一「おいおい」
春子「何だか、お邪魔みたいね。おやすみなさい(部屋に入る)」
夏代「少しは効果あったかな、フフフ」
十一「おい、にんじん(口を開ける)」
夏代「自分で食べなさいよ。バカみたいに口開けてないで」
十一「ったく、気まぐれなんだから(箸でにんじんを突き刺す)」
☆春子の部屋
テーブルの前にボンヤリ座っている
春子「電話ぐらい、かけてくれたっていいのに」
☆青木家・アパート
暗い室内、青木帰って来る
シーンとした室内を見回し、台所で水を飲む
青木「(むせて)ゴホッ、ゴホッ。咳をしても一人か・・」
☆朝・リビング
食事している面々。春子一人うかない顔
秋枝「食費は?」
十一「もうちょっと待ってくれよ」
秋枝「待ってもいいけど、利息がつくよ」
十一「利息?」
秋枝「トイチ」
十一「俺は十一だよ」
秋枝「結婚しても苦労しそうだね、姐御」
夏代「そうねえ、考え直した方がいいかもね、フフ」
十一「おいおい」
冬子「オタオタしちゃって」
十一「そうじゃねえよ!」
冬子「ねえ、ウェディングドレスはどうするの?」
夏代「レンタルにするつもりよ」
冬子「作ればいいじゃない」
秋枝「どこにそんな金があるんだよ」
冬子「そうか(十一を見る)」
十一「すいません」
秋枝「姐御なら、何着たって大丈夫だよ」
冬子「似合うだろうなあ、夏姉ちゃんのウェディングドレス」
十一「(ジーッと夏代を見る)」
秋枝「おい、よだれ」
十一「(慌てて口の周りを拭う)」
あまり「新婚旅行はハワイ?」
秋枝「バーカ。そんな所に行けるわけないだろ」
冬子「夏姉ちゃんはどこがいいの?」
夏代「そうねえ。海の近くがいいなあ」
秋枝「江ノ島なんてどう?」
十一「バカヤロウ!海水浴じゃあるめえし」
夏代「じゃ、何処に連れて行ってくれるの?」
十一「そりゃお前、世界一周・・は無理だから、どっかその辺で・・」
秋枝「東京一周がいいとこだね」
十一「チェッ、バカにしやがって」
信「まあまあ、少しぐらいなら援助するよ」
夏代「いいわよ。無理して遠くまで行く事ないわ。分相応で充分」
十一「やっぱり君は違うなあ。そういうとこが好きなんだ、ハハハ」
夏代「その代わり、今までみたいにチャランポランにしてたら、承知しないわよ」
十一「判ってるよ。本当に優しいなあ、君は。妹達とは大違いだ」
冬子「どうだろ」
秋枝「歯の浮いたような事言いやがって」
春子「ちょっと、いいかげんにしてよ!」
夏代「どうしたの?」
春子「結婚だの新婚旅行だのって、私への当てつけのつもり!」
冬子「夏姉ちゃんのこと話して、何が悪いのよ?」
秋枝「そうだよ。聞きたくなきゃ、さっさと帰ればいいだろ」
春子「まあ!私を追い出そうって言うのね!」
信「誰もそんな事言ってないだろ」
春子「いいのよ!どうせ私なんかお邪魔虫なんだから(泣く)」
冬子「ひがんじゃって」
春子「うるさい!(部屋に入る)」
信「大丈夫かねえ」
秋枝「かなり効果あったみたいだな」
冬子「もう一押しね」
夏代「お父さん、安心して。春子姉さん、今夜帰るわよ」
十一「(キョトンとする)」
☆研究室前廊下
青木、出てくる。夏代、立っている
夏代「ごめんなさ。お仕事中に呼び出したりして」
青木「いえ・・何にも手につかないんです」
夏代「元気出してよ」
青木「不思議なもんですね。暗い部屋に帰って、冷たい布団に入る。独身時代は当たり前だった事が
妙に切なくなりましてね」
夏代「春子姉さんも、そうみたいよ」
青木「ホントですか?信じられないなあ・・」
夏代「大丈夫、私に任せて」
☆研究所外
春子、入口前でウロウロしている
夏代、青木出てくる。春子、慌てて隠れる
夏代「じゃ、今夜必ず来てね」
青木「ええ・・そう上手くいくとは思えませんけど・・」
夏代「大丈夫。じゃ後でね(立ち去る)」
青木「5月の風か、切ないなあ(中に戻る)」
春子、物陰から出てくる
春子「夏ちゃん、何しに来たのかしら」
☆スタジオ居間
十一、スタジオから出てきて椅子に座る
十一「(煙草に火を点け)あ〜あ(チャイム鳴る)開いてるよ」
ゲン「(入って来る)こんにちわ」
十一「今日は何の用だ?」
ゲン「新しい女の子が入りましたんでね、ちょっと見て貰おうと思って」
十一「そこ置いとけ」
ゲン「はい(写真を机に置き)結婚の日取り決ったそうですね?」
十一「ああ」
ゲン「今は幸せいっぱいってとこでしょう?羨ましいなあ」
十一「お前の話と全然違うじゃねえかよ」
ゲン「何がですか?」
十一「役所に婚姻届出せば終わりだなんて言いやがって。結婚式だの新婚旅行だのって
面倒くせえったらありゃしねえ」
ゲン「それが結婚ってもんですよ」
十一「フン!」
ゲン「夏代さんを独占出来るんだから、いいじゃないですか。毎晩ダブルベッドの中で、ヒヒヒ」
十一「ダブルベッド?・・なあゲン、やっぱりダブルベッドはあった方がいいかな?」
ゲン「そりゃそうですよ」
十一「そうか・・毎晩ダブルベッドの中で、へへへ・・もう〜こんちくしょう、ニヒヒヒ」
ゲン「当分ダメだな、こりゃ」
☆玄関ホール
十一、ニヤニヤした顔で帰って来る
十一「毎晩ダブルベッドで、へへへ(階段の方へ)」
夏代「(出てきて)お帰りなさい」
十一「うん?ああ、ただいま」
夏代「夕飯出来てるわよ」
十一「うん・・あのさ、今度見に行かねえか」
夏代「何を?」
十一「ダブルベッド。俺のベッドだと、ふ、二人じゃ狭いしさ」
夏代「え?」
十一「だって、結婚すりゃ色々とあるし・・だろ?」
夏代「やあね、もう(赤らむ)」
十一「照れる事ないだろ。夫婦になるんだから」
夏代「うん・・でもお金は?」
十一「金は天下の回り物だよ。だから今度の休みにでもさ」
夏代「うん」
十一「よし、決った!ハハハ(2階へ)」
☆リビング
夏代、ポッと頬を赤らめて入って来る
お膳の中央、コンロの上に焼肉用の鉄板が置かれている
信「十一君かい?」
夏代「(ポーッとしている)」
秋枝「どうしたんだい?」
夏代「うん?な、何でもないわよ」
十一「(入って来て)オッ!今日は焼肉か(座る)」
夏代「しっかり栄養つけて頑張ってね」
十一「(耳元で)毎晩頑張る」
夏代「もう、恥かしい事言わないで」
十一「可愛いなあ、お前」
冬子「お熱いこと」
秋枝「ほら、たまねぎとにんじん焼けてるよ。ピーマンもいいみたいだな」
十一「野菜ばっかじゃねえか」
秋枝「血の気が多そうだから、野菜食べて薄めた方がいいよ」
十一「どういう意味だよ」
冬子「夜中に忍び込むかもしれないもんね」
秋枝「そんな事しやがったら、真っ二つにブッタ切ってやるさ」
十一「人をチカンみたいに言うなよ」
信「十一君、遠慮なく食べてくれよ」
十一「はい、ありがとうございます」
バクバク食べる面々。春子一人食がすすまない
あまり「夏姉ちゃん、お兄ちゃんにばっかりお肉取ってあげて。私にも取ってよ」
信「ああ、お父さんが取ってあげるよ」
冬子「マリー、夏姉ちゃんの一番大事な人は、あんたじゃないのよ」
あまり「そっか」
秋枝「だけどさ、何でこんな男に惚れたんだい?」
十一「こんな男で悪かったね」
冬子「ねえ、どこにしびれちゃったの?」
夏代「うん?そうねえ・・全部」
冬子「うわー、言うわね、夏ねえちゃんも。ジャックさん、嬉しいでしょ?」
十一「え?いやあ、そ、そんなの当たり前だよ。こんないい男がそばにいりゃ、ハハハ」
秋枝「どうだろね」
夏代「見かけはちょっと冴えないけど、人一倍優しいし・・いざって時は頼りになるし」
十一「ハハハ、そうだろ、そうだろ」
秋枝「ま、毒薬よりはマシかもね」
冬子「青木さんに比べたら、ジャックさんの方が、ずっと上よ」
夏代「当たり前でしょ」
秋枝「意気地もないし頼りないし、見かけもパッとしないし」
冬子「仕舞い忘れた五月人形みたい。間が抜けた感じで」
秋枝「ホント。腐りかけた家みたいな顔しやがってさ、ハハハ」
春子「ちょっと!何よ、さっきから黙って聞いてりゃ、言いたい事言って!」
秋枝「本当の事言って、何が悪いんだい」
信「やめなさいよ」
春子「お父さんは黙ってて。あんた達に、ウチの亭主の悪口言われる筋合いないでしょ!」
冬子「顔も見たくないって言ったの、誰よ」
春子「あれはしっかりした愛情に裏打ちされた言葉なの。あんた達とはわけが違うわ!」
秋枝「だったら、さっさと帰れ」
春子「ええ、帰るわよ!こんな所、1秒だっていたくないわ!」
信「春子、落ち着きなさいよ」
春子「放っておいて。こんな人でなしの顔なんて見たくも無いわ(部屋に入る)」
青木「(声)こんばんわ」
冬子「ピッタシのタイミング」
青木「(入って来て)こんばんわ」
信「青木君か、丁度良かったよ」
青木「はあ?」
春子、スーツケースも持って部屋から出てくる
青木「春子」
春子「あなた!あなたー(抱き付いて泣く)」
青木「どうしたんですよ」
春子「やっぱり、あなたが一番優しい人だわ。ごめんなさい(大声で泣く)」
青木「じゃあ、帰ってくれるんですか?」
春子「当たり前じゃないの」
青木「春子」
春子「さ、帰りましょう。あんた達、覚えてらっしゃい!」
春子、青木帰る
夏代、秋枝、冬子、顔を見合わせ吹きだす
秋枝「ああ、笑わせてくれるよ」
冬子「見た?春姉ちゃんの顔」
夏代「そりゃそうよ。春子姉さん、青木さんが好きなんですもん」
秋枝「全く、手数のかかる夫婦だな」
信「おいおい、いったいどうなってるんだ?」
夏代「春子姉さん意地っ張りでしょ?だから、それを逆に利用したのよ」
信「え?じゃあ、青木君の事をけなしたのは」
冬子「そういう事」
信「なんだ、そうか」
秋枝「さ、食べよう食べよう」
鉄板の上には野菜しか残っていない
秋枝「あれ、肉は?」
一人黙々と食べている十一に、全員の視線が集まる
十一「(気づいて)あ、皆さん、お忙しそうだったんで」
秋枝「バカヤロウ、だからってみんな食う事ねえだろ!」
十一「ど、どうしようか?」
夏代「自分で撒いた種でしょ」
十一「そんな冷たい事言うなよ。俺の事、全部好きだって言ったろ?」
夏代「さあ」
十一「そんな」
秋枝「今日こそ切り刻んでやる」
十一「お願い、やめて、助けて」
秋枝「ヒーヒー言うんじゃないよ」
夏代「秋ちゃん、もうその辺でいいわよ。お肉なら、まだ冷蔵庫に入ってるわよ」
十一「ハハ、そうか、良かったー」
秋枝「あんたは食べる資格無し」
十一「どうして?」
冬子「一人で食べたバツよ」
十一「そんな〜(夏代を見る)」
夏代「男ならウダウダ言わないの」
十一「何で俺が、夫婦喧嘩のとばっちりうけなきゃなんないんだよ!」
美味しそうに肉を食べる秋枝たち
情けない顔で野菜を食べる十一を見て、肉を器に入れてあげる夏代
それを微笑ましそうに見ている信、秋枝、冬子、あまり
家族団らんの中で、夜が深けていく
ーおわりー