第32話「赤い糸に導かれ?」 放映日:1974年5月29日(水) 脚本:てつまにあ
☆リビング
お膳に広げられたウェディングドレスのカタログ
冬子「これか。なかなかいいじゃない」
秋枝「レンタルにしてはな」
あまり「お兄ちゃんは、何着るの?」
夏代「タキシードよ」
冬子「キャハハ、何か似合いそうもないわね」
秋枝「どう見ても、キャバレーの客引きだな」
夏代「失礼ね。そんな事ないわよ」
冬子「そお?でもさ」
夏代「今までラフな格好しか見てなかったでしょ。だからタキシードなんか着るとキリッとした感じになって・・フフ、よく似合ってたなあ(うっとり)」
冬子「夏姉ちゃんも、アバタもえくぼね」
秋枝「こりゃ当分、新婚さんに悩まされそうだな」
冬子「私も早く相手見つけなくっちゃ」
夏代「(頬づえをつき、うっとりとしている)」
-オープニング-
☆スタジオ居間
十一、写真を見ながらニヤニヤしている
チャイムが鳴り、ゲン、モデルを連れて入って来る
ゲン「こんにちは。お待たせしました」
十一「へへへ」
ゲン「どうしたんですか?先輩」
十一「へへへ」
ゲン「先輩!(十一の顔の前で手を振る)」
十一「ワーッ!(気づいて)何だお前か。ビックリさせんなよ」
ゲン「ビックリしたのはこっちですよ。幸せすぎて気が変になったのかと思って」
十一「バカヤロウ!たかが結婚ぐらいで、どうなるってんだよ。俺はそんな男じゃねえ!」
ゲン「どうですかねえ」
十一「それより、何しに来たんだ?」
ゲン「何言ってるんですか。今日は来週号の撮影でしょ」
十一「撮影?あ、そうか。コロッと忘れてた。ハハハ」
ゲン「しょうがねえなあ、もう」
十一「いや、色々忙しくってさ。ハハ」
ゲン「原因はこれですか(写真を取る)」
レンタルのウェディングドレスを着た夏代の写真
十一「ちょ、ちょうどフィルムが余ってたんでさ、ハハ」
ゲン「ふ〜ん。なるほどねえ(写真を見て)それにしても、本当に綺麗ですねえ」
十一「そう思う?」
ゲン「ええ、何でこんな美人が先輩に惚れたんですかねえ」
十一「(頭を叩き)ひと言多いんだよ」
ゲン「先輩は何着るんですか?」
十一「タキシードに決ってるだろ」
ゲン「七五三みたいですね」
十一「うるせえ!あいつな、俺のタキシード姿を潤んだ目で見やがってな、ハハハ。潤んだ目だぞ色男はつれえなあ、ハハハ。さ、仕事、仕事(スタジオへ)」
ゲン「あ〜あ、鼻の下伸ばしちゃって。だんだん壊れてくるな」
ゲン、モデル、スタジオへ
☆冬子とあまりの部屋
冬子と秀子、テーブルの前に座っている。あまりは机で本を読んでいる
秀子「いいなあ、お姉さん」
冬子「でも驚きよ。夏姉ちゃんが、あんな風になっちゃうなんてさ」
秀子「当然よ。女にとって結婚は一大事だもん。舞い上がっちゃうもの無理ないわよ」
冬子「だけど、まさかあのフーテンジャックと結婚するとはね」
秀子「二人は赤い糸で結ばれてて、この家に引っ越したのも運命だったのよ」
冬子「そうかしら」
秀子「絶対そうよ。赤い糸に導かれて結ばれた二人・・ロマンチックだなあ」
あまり「赤い糸ってなあに?」
冬子「え?ああ、結ばれる二人は、生まれた時から赤い糸で繋がってるって話よ」
あまり「ふ〜ん。みんなそうなの?」
秀子「そうよ。私の赤い糸はどこで引っ掛かってるんだろ」
冬子「ホント」
☆リビング
食事している面々
秀子「すいません。夕飯までご馳走になっちゃって」
夏代「いいのよ。大したものは無いけど、遠慮しないでね」
秀子「はい。ジャックさん、遅いですね」
夏代「もう帰って来ると思うけど、何か用?」
秀子「いえ、そう言う訳じゃないんですけど、寂しくないかなと思って」
夏代「やあね、もう」
冬子「(小声で)帰ってきたら、見せ付けられるだけよ」
秀子「(小声で)だから面白いんじゃないさ」
玄関の開く音
十一「(入って来て)ただいま」
夏代「あ、お帰りなさい」
十一「(秀子を見て)ただメシ食いに来たのか(夏代の隣りに座る)」
秀子「おじゃましてます」
夏代「(茶碗にご飯をよそい)はい」
十一「ああ(食べる)」
夏代「ねえ、椎茸の天ぷら食べてみて」
秋枝「また始まりやがった」
十一「(食べて)うまい」
夏代「ホント?」
十一「うん(食べて)このいんげんもうまい」
夏代「良かった」
十一「昨日貸衣装屋で撮った写真、持ってきた」
夏代「どんな感じに写ってた?」
十一「どんなって・・」
夏代「教えてよ」
十一「こんなとこでか?」
夏代「いいじゃない」
十一「しょうがねえな(耳元で囁く)」
夏代「本当?嬉しい」
冬子「(小声で)見られたもんじゃないでしょ」
秀子「(小声で)恋は盲目ね」
☆十一の部屋
十一、暗室から出てくる
十一「(座って)最近絶好調だな。自分で自分が恐ろしい(煙草に火を点ける)」
夏代「(入って来て)洗濯物ある?」
十一「ああ?そのシャツ洗ってくれ」
夏代「(取って)パジャマは?」
十一「それ洗ったら今夜真っ裸じゃねえか。お前がその方がいいって言うなら別だけど」
夏代「やあね、もう。今度着替え用の買わなくちゃ」
十一「なあ、明日ヒマか?」
夏代「何で?(隣りに座る)」
十一「この前言ったろ。ダブルベッド見に行こうって」
夏代「仕事は?」
十一「午前中に編集部に写真届ければ、午後はヒマなんだ」
夏代「そう」
十一「行くだろ?」
夏代「うん」
十一「じゃあ、12時に渋谷のハチ公前」
夏代「わかった。じゃ、お休みなさい」
十一「ちょっと待てよ」
夏代「なに?」
十一「お休みのチュ-ぐらいしてくれたっていいだろ」
夏代「また、眠れなくなっちゃうわよ」
十一「いいから、早く」
夏代「(ぎこちなくキス)」
十一「(グッと抱き寄せる)」
夏代「だめ」
十一「どうしてだよ?結婚も決ったのに」
夏代「だって・・」
十一「俺が恐いのか?」
夏代「もうちょっと待って。お願い」
十一「結婚式まで待たせるつもりか」
夏代「少し考えさせて。お休みなさい(出て行く)」
十一「ウブだな、あいつ・・ダブルベッドが来たら、すぐ試してやろう。へへへ」
☆夏代と秋枝の部屋
秋枝、ベッドに寝転んで雑誌を読んでいる
夏代、十一のシャツを持ったまま入って来て、ベッドに腰かける
秋枝「どうしたんだよ。あいつのシャツなんか抱きしめて」
夏代「え?ああ、せ、洗濯物よ。秋ちゃんある?」
秋枝「さっき出したよ」
夏代「そ、そうだったわね」
秋枝「どうしたんだよ、いったい」
夏代「うん・・」
秋枝「また喧嘩でもしたのかい?」
夏代「違うわよ。ただね・・古いのかな、私」
秋枝「何の話だよ?」
夏代「彼がね・・」
秋枝「あいつ、何かやったのかい?」
夏代「そうじゃないわよ」
秋枝「じゃあなんだい?」
夏代「ちょっとね・・」
☆朝・玄関ホール
十一、ボーっとした顔で降りてくる
あまり、リビングから出てくる
あまり「そんな顔してると、夏姉ちゃんに嫌われちゃうわよ」
十一「ええ?ご忠告ありがとう」
あまり「ねえ、お兄ちゃん達、赤い糸で結ばれてるの?」
十一「赤い糸?(見回して)そんなのぶら下ってねえぞ」
あまり「判ってないんだから(2階へ)」
十一「チェッ、一人前の口利きやがって(リビングへ)」
☆リビング
十一、欠伸しながら入って来る
信「おはよう」
十一「あ、おはようございます(座る)」
秋枝「なんだい、干からびた干物みたいな顔しやがって」
十一「え?昨夜ちょっと眠れなくて」
夏代「(茶碗を置き)だから言ったじゃない」
十一「うん・・でもさ、あれぐらい無いと寂しくて」
冬子「なんのこと?」
夏代「フー子には関係ないの」
秋枝「そう、二人のプライバシーだからね」
冬子「あ、そうか」
十一「今日、大丈夫か?」
夏代「うん」
信「何かあるのかね?」
夏代「ちょっと買い物に行こうと思って」
冬子「へえ〜、何買うの?」
十一「ダ、ダブルベッドだよ」
秋枝「ダブルベッド!」
冬子「どこに置くの?」
十一「君たちの部屋を空けてくれるって言うから、そこにバーンとね。ヒヒヒ」
冬子「ふ〜ん。じゃあさ、今度の日曜日に引越しちゃわない?式の間近じゃ、せわしないでしょ」
夏代「私どこで寝るのよ?」
冬子「好きにしたらいいわよ。ジャックさんの部屋でも、ダブルベッドに一緒でも」
夏代「結婚もしてないのに・・」
冬子「オクテねえ、夏姉ちゃん」
秋枝「フー子、あんまりからかうんじゃないよ」
冬子「ジャックさんは、どうなの?」
十一「俺は一緒でも・・そりゃまあ、な」
夏代「もう、やめてよ。お父さんもいるのよ」
信「え?いや、私は別に」
秋枝「だけどさ、同じ屋根の下で別々にいる方が不自然じゃないか」
十一「それはそうかも、うんうん」
夏代「そうかしら」
秋枝「毎晩、寝言聞かされるのも堪んないからね」
冬子「え?どんな寝言?」
夏代「いいでしょ、どうだって」
信「う〜ん。これは考えなければいかんなあ」
☆玄関ホール
十一、バッグを下げて2階から降りてくる
夏代「(台所から出てきて)じゃ後で」
十一「めかして来いよ。デートなんだから」
夏代「判ってるわよ」
十一「(靴を履いて)おい、行ってらっしゃいのチュ-は?」
夏代「バカな事言ってないで、早く出かけなさいよ」
十一「しょうがねえな(顔を近づける)」
夏代「(目を瞑る)」
秋枝「(廊下から出てきて、じっと見る)」
十一「(視線に気づき)お、おはよう」
夏代「(気づいて)あ、秋ちゃん」
秋枝「照れることないだろ。愛する旦那様のお見送りなんだから」
夏代「そんなんじゃないわよ(台所へ)」
十一「チェッ、邪魔しやがって」
秋枝「なに?」
十一「別に(出て行く)」
秋枝「(靴を履き)相変らずラブシーンの似合わない恋人同士だな(出て行く)」
☆「週刊ドリーム編集部」
神谷、写真を見ている
十一「どうですか?」
神谷「うん、最近調子良いじゃないの」
十一「そうですか、ハハ」
神谷「よし、コーヒー奢ってやろう」
十一「結構です」
神谷「私の奢りじゃ嫌なのかね?」
十一「そうじゃありませんよ。ちょっと用事がありまして・・」
神谷「どんな用事?」
十一「実はですね、その、待ち合わせてるもんで・・」
神谷「誰と?」
十一「だから、その、ナニと(小指を立てる)」
神谷「なるほど、彼女とデートってわけか」
十一「ええまあ、どうしてもって、あいつが言うもんで、へへへ」
神谷「今からそんな風じゃ、女房の尻に敷かれるよ」
十一「編集長みたいにですか?」
神谷「そう・・余計な事言うな!」
十一「それじゃ失礼します。お大事に(出て行く)」
☆渋谷駅ハチ公前
十一、煙草を吸って待っている
夏代、駅から出て来て十一の前へ
二人、並んで歩き出す
☆レストラン
十一と夏代、窓際の席で食事している
十一「(黙々と食べている)」
夏代「フフフ」
十一「何だよ?」
夏代「あなたが食べてるのを見てるだけで、お腹いっぱいになっちゃうわ」
十一「どうして?(口一杯にほお張る)」
夏代「ハハハ」
☆渋谷・公園通り
十一と夏代、仲良く並んで歩いている
喋りながら、楽しそうに笑う二人
☆丸井・家具売り場ベッドコーナー
十一、夏代、やってくる
夏代「随分いろんなのがあるのね」
十一「ああ(一つに座って)これなんかどうだ、クッションも良さそうだし」
夏代「うん・・枕元に棚があった方がいいんじゃない?」
十一「棚?」
夏代「時計とか灰皿置けるでしょ?」
十一「そうか、あれも置けるな。ハハハ」
夏代「ね、これは?(座る)」
十一「(隣りに座って)ああ、そうだな。これだけ広けりゃ、どう動いても大丈夫だ、へへへ」
夏代「いくら持ってる?」
十一「え?1万と(ポケットを探り)三百円」
夏代「私は5万円持ってきたんだけど」
十一「そんな大金どうしたんだ?」
夏代「貯金おろしてきたの。どうせあなたは持ってないだろうと思って」
十一「バカヤロウ。そのくらいの金、俺だって」
夏代「あるの?」
十一「今は無いけどさ」
夏代「やっぱりね」
十一「その内ガバーッと儲けてみせるって。だから今日のところはさ」
夏代「先が思いやられそうね」
十一「そんな事言うなって」
夏代「ま、しょうがないわ。でも6万円じゃね」
十一「足りない分は月賦にすりゃいいじゃねえか」
夏代「払えるの?」
十一「月5千円ぐらいだったら、俺の稼ぎから払えるだろ?」
夏代「そうねえ・・そうしましょうか?」
十一「よし、決った。(店員に)すいませーん。これくださーい」
☆リビング
食事が終り、お茶を飲んでいる面々
冬子「じゃあ、あさって引越しね」
夏代「ええ」
秋枝「なんだか大騒動だね」
冬子「私たちだけで大丈夫かな?」
十一「それなら大丈夫。手伝いが一人来るから」
夏代「フー子もマリーも、自分の荷物は自分で運んでよ」
あまり「はーい」
冬子「判ってるって」
信「十一君と夏代に話があるんだ。ちょっと来てくれんか(立ち上がり出て行く)」
十一「何だろうな?」
夏代「さあ」
十一と夏代、出て行く
☆信の部屋
信、お膳の前に座っている
十一と夏代、入って来る
信「さ、座ってくれ」
十一「はあ(座る)」
夏代「(座って)なあに?お父さん」
信「うん、実はこれなんだがね(カバンから書類を一枚出し、お膳の上に置く)」
お膳の上に広げられた婚姻届
十一「(見て)これは?」
信「いや、秋枝じゃないが、同じ家に住んでるのに別々にいるってのも不自然だし、かといって今のまま一緒に住むというのじゃ、けじめがつかん。そこでだ、籍を入れて夫婦として一緒に住むという事にしたら、どうかと思ってね。どうだろうな?」
十一「は?ぼ、僕は異存ありません。はい」
信「夏代は?」
夏代「いいの?お父さん」
信「ああ、いいさ。もうすぐ式も挙げるんだし」
夏代「ありがとう、お父さん」
信「十一君、夏代を頼むよ」
十一「はい」
☆十一の部屋
テーブルの上に婚姻届が広げられている
十一「(ペンを差し出し)君から書けよ」
夏代「あなたから書いてよ」
十一「そう?じゃ(書いて)はい(ペンを渡す)」
夏代「(書く)」
十一「(婚姻届を手に取り)これを役所に出せば、俺たちは夫婦ってわけだな」
夏代「そうね」
十一「なんか、ヘンな感じだな」
夏代「うん(涙がこぼれる)」
十一「どうしたんだよ?」
夏代「胸が一杯になっちゃって」
十一「(肩を抱き)バカだな」
夏代「(胸に顔を埋める)」
十一「幸せになろうな」
夏代「二人でね」
十一「ああ」
☆朝・リビング
食事している面々
十一、欠伸しながら入って来る
十一「(座って)おはようございま、クシュン!」
夏代「やだ、風邪?」
十一「え?昨夜暑かったんで、布団蹴飛ばしちまってさ、へへ」
夏代「だらしないわね」
十一「結婚したら、お前がちゃ〜んと面倒見てくれるんだろ?」
夏代「あんまり世話かけたら、おっ放り出しちゃうから」
十一「そう言いながらも面倒見てくれるのが、お前なんだよな、へへへ」
夏代「ふん、お世辞なんか言っちゃって」
十一「へへへへへ」
秋枝「フー子、マリー、何ボーっと見てんだよ」
冬子「え?ああ、そうね(横目で見ながら食べる)」
秋枝「親父、何やってんだよ。茶碗出したり引っ込めたりして」
信「いや、おかわりを頼もうと思ったんだが、きっかけがつかめなくて」
夏代「ごめんなさい、お父さん(茶碗を取る)」
秋枝「全く、調子が狂ってしょうがねえや」
夏代「(ご飯をよそった茶碗を信に手渡す)」
信「そうだ。引越しのあと、ちょっとした結婚祝いでもしようか」
冬子「式も挙げてないのに?」
信「うん、実はな、明日籍だけ入れる事になったんだ。引っ越すんなら、その方がいいと思ってね」
冬子「なるほどね」
秋枝「大っぴらに同居できるってわけだ」
十一「ま、そういう訳ですから、よろしく。お祝いは現金でね」
秋枝「冗談じゃねえよ。食費も入れてないくせに」
十一「だから、それはお祝いからバックして・・」
冬子「調子いいの」
夏代「食費は私がちゃんと払うわよ」
冬子「麗しき夫婦愛ね」
信「食費で思い出したが、夏代に家事の手当てを払った方がいいんじゃないかね?」
秋枝「なんだい、そりゃ?」
信「十一君と結婚すれば、夏代は大場家の人間になる訳だからね。栗山家の家事をただでやって貰うというのはなあ」
冬子「でもさ、やってる事は今までと同じなんでしょ?だったらいいんじゃない」
秋枝「そうだよ。そんな堅苦しい事言わなくたって」
夏代「お父さん、私はいいのよ」
信「いや、気持ちの問題だよ。そこで考えたんだが、我が家から夏代に月々の手当てとして5万円払う。そして十一君と夏代は生活費や食費として、月々3万円を我が家に払って貰う。差し引き2万円を夏代へ支払う。これならいいだろ?」
秋枝「なるほどな。ま、それならいいや」
冬子「そうね」
あまり「私は・・」
冬子「あんたはいいの」
信「十一君と夏代もいいだろ?」
十一「はあ、僕は別に」
夏代「いいのかな、貰って」
信「いいんだよ。これでいいんだ、なあ夏代」
☆スタジオ居間
十一、ゲン、スタジオから出てくる
ゲン「すると、いよいよですね、先輩、クフッフフ」
十一「ヘンな笑い方すんなよ」
ゲン「まあまあ。(十一の髪を整え)ねえ、身だしなみも綺麗にして」
十一「バカヤロウ、俺は客に会いに行く女郎じゃねえんだぞ」
ゲン「でも、最初が肝心ですからねえ。クフフフ」
十一「そんなに俺の事が心配なら、明日ちょっと来い」
ゲン「明日?」
十一「お前の素敵な先輩の、引越し手伝わせてやる」
ゲン「冗談じゃありませんよ。何で僕が行かなきゃならないんですか?」
十一「こういう事には、お前がピッタリなんだ。その代わりな、うんと美味いもん食わせてやる」
ゲン「ご馳走出るんですか?」
十一「ああ、とびきり美味いラーメン食わせてやる」
ゲン「なんだ、ラーメンか。じゃ僕は遠慮します」
十一「いいから来いって言ってんだよ!もし来なかったら、夜道を歩けなくしてやるぞ!」
ゲン「判りましたよ。本当に自分勝手なんだから」
十一「ハハハ、引越しの方もバッチリだし、これでダブルベッドが来れば、へへへ、待ってろよー夏代!」
ゲン「あ〜あ、完全に壊れちゃった」
☆冬子とあまりの部屋
夏代、あまり、荷物を整理している。ドアが開き廊下が見えている
冬子、本を整理しながら雑誌を読んでいる
夏代「自分で運べる物は、今日運んじゃってね」
あまり「はーい」
夏代「フー子、ちゃんとやってよ」
冬子「え?ああ、判ってるわよ」
十一、帰って来る
十一「(入って来て)お、片付けてんのか」
夏代「お帰りなさい」
十一「自分の荷物は全部持っててくれよな」
冬子「少しは手伝ってよ。二人の為に部屋を空けるんだから」
十一「そうね、明日からここは愛の巣になるわけだ。へへへ(夏代を見る)」
夏代「(恥かしそうに、俯く)」
あまり「手伝ってよ」
十一「俺は明日の重労働に備えなきゃなんないんだよ。あ、そうだ。明日から2階はオフリミットだからね、へへへ(出て行く)」
冬子「なによあれ。だいぶオツムに血が上ってるみたいね」
あまり「嬉しいのよ。ほら、遠足の前の日みたいに」
冬子「ばかね。遠足と結婚とは違うの(夏代を見る)」
夏代「(俯いて、絨毯にのの字を書いている)」
冬子「こっちまでヘンになりそう」
☆十一の部屋
十一、ベッドに腰かけてニヤニヤしている
十一「身だしなみか(鏡を取って)ヒゲ剃りゃ大丈夫だろ、地が良いからな。へへへ、明日になれば。あ、鼻血出て来た(上を向く)」
☆朝・栗山邸外
☆玄関ロビー
十一とゲン、タンスを運びながら階段の上に出てくる
十一「もっと力出せよ」
ゲン「やってますよ」
十一「おい、階段降りるぞ」
ゲン「はいはい」
☆冬子の部屋
十一とゲン、タンスを運んでくる
冬子「あ、それはこっちに置いて」
十一「ゼー、ゼー、こき使うなよ」
冬子「いいでしょ。早くやって」
十一「おい、ゲン」
ゲン「ヒー、ヒー(肯く)」
タンスを壁際に置く
十一「あとはマリーの机か」
ゲン「まだ、あるんですかあ」
十一「いいから、来い」
十一とゲン、ヨロヨロと出て行く
☆秋枝とあまりの部屋
十一とゲン、窓際にあまりの机を置く
十一「この辺でいいだろ」
秋枝「ああ、そんなもんだ」
十一、机を置く。机の脚がゲンの足の上に乗る
ゲン「(口をパクパクさせる)」
十一「何だよ、金魚みたいにパクパクしやがって」
ゲン「足、足」
十一「え?(気づいて)ああ(どける)」
ゲン「フーフー(足を吹く)」
夏代「(入って来て)お昼できたから、一息入れて」
☆リビング
お膳の中央に、ざるに載ったうどん
夏代「玄也さん、遠慮しないで食べてね」
ゲン「はい」
十一「(食べて)あ、お前お祝い持って来たか?」
ゲン「このうえお祝いまで出すんですか?」
十一「当たり前だろ」
ゲン「踏んだり蹴ったりだな、全く」
夏代「いいのよ、別に」
十一「甘やかすなよ」
夏代「やあね、こんなにこぼして(お膳を拭き)おつゆがシャツに付いてるじゃない(拭く)」
ゲン「夏代さん、世話女房って感じですね」
冬子「毎日見せ付けられる方は、堪ったもんじゃないわ」
秋枝「全くさ。寝言から開放されて清々したよ」
ゲン「寝言って、何ですか?」
冬子「それがさ」
夏代「フー子!」
冬子「ジャックさんにでも聞いて」
ゲン「何ですか?」
十一「いいだろ、何だって」
秋枝「聞かない方がいいよ」
ゲン「そんなに過激なんですか?」
夏代「そうじゃないの、やあね秋ちゃん」
玄関のチャイムが鳴る
声「こんちにわ。ベッド持ってまいりました」
十一「ん!来た来た来た(箸を放り投げて慌てて出て行く)」
☆玄関ホール
家具屋、ベッドの部品を次々運び入れる
家具屋「どちらに運びますか?」
十一「2階に」
家具屋「わかりました(部品を持って2階へ)」
夏代「左の部屋なんです(2階へ)」
ゲン「(出てきて)先輩、とうとう来ましたね、ヒヒヒ」
十一「ん?ま、まあな」
ゲン「ところで、さっきの寝言って何なんですか?」
十一「そりゃお前・・あいつが・・」
ゲン「何です?」
十一「毎晩、俺の名前を呼んでたって」
ゲン「へえ〜、うなされてたんですか?」
十一「(頭を叩き)恋しいからに決ってるだろ!」
ゲン「ああ、なるほど」
十一「女に縁の無いヤツには、こんな話は毒かもしれねえな、ハハハ(2階へ)」
ゲン「こっちはいい面の皮だよ」
☆寝室
壁際に置かれたダブルベッド
家具屋「じゃ、どうも(出て行く)」
夏代「すいません(出て行く)」
一人残った十一、ベッドに腰かける
十一「ついにこの日が来たか(座布団を丸めて持ち)夏代、大丈夫だよ」
座布団に顔を押し付け、そのまま寝転がる
冬子「(入って来て)何してるの?」
十一「へ?ああ、いや、く、クッションはどうかなって思ってさ、ハハハ(立ち上がる)」
冬子「なかなかいいじゃない(腰かける)」
秋枝「(入って来て腰かける)」
ゲン「(入って来て)これですか(腰かける)」
十一「おい、どけよ」
秋枝「減るもんじゃないだろ」
十一「うるせえ、どけ(どけて埃を払う)汚らわしい」
夏代「(戻って来て)どうしたの?」
冬子「別に」
夏代「ねえ、どんな感じ?(腰かける)」
秋枝「おい、姐御には言わないのかい?」
十一「あたりめえだろ。ここはね、俺とこいつだけが座っていいの!」
冬子「こいつだって」
十一「だから俺とな、な、夏ちゃんがさ」
冬子「夏ちゃんだって、キャハハハ」
十一「うるせえな、出て行けよ」
秋枝「あんまり、のぼせないようにな」
ゲン「お大事に」
秋枝、冬子、ゲン、出て行く
十一「あいつら(座布団を投げる)」
夏代「放っておきなさいよ。それより、お店で見た時よりいいわね」
十一「(隣りに座り)でもさ、座っただけじゃ判んないから、ちょっと試そうか(手を伸ばす)」
夏代「(立ち上がる)」
十一「(すかされてベットに倒れる)フギャ」
夏代「そんなヒマないでしょ。これから役所に行かなきゃならないし、夕飯の買い物だってあるし」
十一「お楽しみは夜か」
☆世田谷区役所
十一と夏代、出てくる
十一「何だか、アッケねえな」
夏代「ホントね・・それじゃ旦那様、行きましょうか」
十一「え?ああ、そ、そうだな」
夏代「(十一と腕を組む)」
二人、並んで歩いて行く
☆リビング
お膳には料理や寿司が並び、酒を飲んでいる
信「夏代もお嫁さんか。母さんに見せてあげたかったよ(涙ぐむ)」
秋枝「もう酔ったのかい。親父も年だな。おい(コップを差し出す)」
ゲン「(酒を注ぎ)先輩は?」
十一「俺はいいんだ」
ゲン「あ、そうか。この後がね。ヒヒヒ」
十一「下品な笑い方すんな」
夏代「どれ食べる?」
十一「ウニ(口を開ける)」
夏代「(食べさせて)美味しい?」
十一「うん」
秋枝「またか」
あまり「社長さんは結婚しないの?」
ゲン「それがなかなか。でも先輩を見て勇気が出てきましたよ」
十一「なんで?」
ゲン「先輩でもこんな美人と結婚できるなら、僕だってねえ」
十一「(頭を叩く)」
冬子「大いに可能性あるわよ」
秋枝「物好きな女が多いからね」
冬子「自分だってそうじゃない」
秋枝「何だよ?」
冬子「お寿司が美味しいって言ったのよ」
信「さ、今日は大いに飲もうじゃないか、ハハハ」
夏代「お父さん、大丈夫?」
信「これくらいどうってことないさ。さ、池田君も秋枝も、飲んで飲んで」
冬子「何かヤケクソみたい」
秋枝「寂しいんだろ」
信がゲンや秋枝に酒を勧め、十一と夏代は二人仲良く寿司を食べ
冬子とあまりは呆れながら黙々食べる
☆夜の街・静寂
☆十一の部屋
パジャマ姿の十一、酒を飲み、落ち着かない風にベランダに出る
十一「(夜空を見上げ)今夜か」
夏代「(パジャマ姿で入って来て)何してるの?」
十一「え?星見てたんだ」
夏代「星?(隣りに立って見上げる)」
十一「俺が子供の頃は、ここからもたくさん見えたんだけどなあ」
夏代「そう・・」
十一「どうしたんだよ?」
夏代「さっき区役所に婚姻届出したでしょ。今日で栗山夏代じゃなくなっちゃうんだと思ったら色んな事が浮んできて・・ヘンな感じ」
十一「ふ〜ん」
夏代「今まで通りみんなと暮らすんだし、何も変わってないのにね」
十一「そうじゃないよ」
夏代「え?」
十一「今までは栗山夏代として親父さんや妹達と暮してた。でも今日からは、大場夏代として俺と暮すんだ。そうだろ?」
夏代「ええ、そうね」
十一「じゃあ、君が本当に大場夏代になったかどうか、確認しよう」
夏代「どうやって?」
十一「こうやってさ(両腕で抱き上げ)いやかい?」
夏代「ううん・・でも、ちょっと恐い」
十一「大丈夫さ。俺がついてるよ」
十一は夏代を抱きかかえて、向かいの寝室に入る
夜空には星が光り、流れ星がスーッと流れていく
-おわり-