第35話「捨てられたモノクロ写真」 放映日:1974年6月26日(水) 脚本:てつまにあ
(※タイトルは公募の末、いれぶんさん作が採用された)

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☆中華料理店外
 「××写真専門学校同窓会会場」の看板

☆貸切部屋
 テーブルに料理が並び、立食パーティーが行われている
 背広姿の十一、友人と話している
  友人A「へえ、お前結婚したのか」
  友人B「どんな女だ?」
  十一「俺が選んだんだから、いい女に決ってるだろ」
  友人C「どうだか」
  友人A「お前の女を見る目は、天気予報より当てにならないからな」
  十一「ケッ」
  友人B「あ、酒巻だ」
 十一たち、振り返って見る
 いかにも高そうな背広を着ている酒巻が、友人と談笑している
  友人A「あいつ、羽振りが良さそうだな」
  友人C「そりゃそうさ。何しろカメラ日本の写真賞取ったんだからな」
  十一「へえ」
  友人B「なんだ、お前知らなかったのか?」
  十一「人の事どころじゃねえよ」
  友人C「これであいつの将来は約束されたも同然だな」
  友人A「ああ。裏に色々あるらしいけど」
  友人B「裏って?」
  友人A「あいつの親父は凸凹出版の筆頭株主だろ。その辺からのプッシュもあったらしいぜ」
  友人C「ふ〜ん」
  友人B「シッ!」
 酒巻、十一達のほうに近づいてくる
  酒巻「よう、元気だったか?」
  友人A「まあな」
  酒巻「大場、久しぶりだな。仕事の方はどうだ?」
  十一「ボチボチだ」
  酒巻「ちょっと聞いたけど、お前「週刊ドリーム」の表紙撮ってるんだって?」
  十一「ああ」
  酒巻「なんで、そんなシケタ仕事してんだよ。俺がもっといい仕事紹介してやろうか?」
  十一「断るよ」
  酒巻「遠慮すんなよ。友達じゃないか(肩を抱く)」
  十一「(手を払って)お前の紹介じゃ、ロクな仕事じゃねえだろ」
  酒巻「なんだって?」
  十一「お前は、偉い先生のご機嫌でもとってりゃいいんだよ」
  酒巻「そうか・・俺が写真賞取ったんで、妬いてんだな?」
  十一「汚ねえ手を使えば何だって取れるさ」
  酒巻「聞き捨てならない事言うじゃないか。俺がいつ汚い手を使ったっていうんだ」
  十一「テメエの胸に聞いてみろ!」
  酒巻「この野郎、言わせておけば好い気になりやがって(胸倉を掴む)」
  十一「テメエみたいな奴に、本当の写真が撮れるか!(殴る)」
  酒巻「この野郎!(殴る)」
 十一と酒巻、殴り合いを始める
  友人達「(口々に)やめろ!やめろ!」
―オープニング―

☆栗山邸・2階居間
 十一、顔にアザを作りウィスキーをがぶ飲みしている
 ワイシャツの肩口がほころびている
 夏代、薬箱を持ってきて隣りに座る
  夏代「(脱脂綿にオキシフルをつけて消毒する)」
  十一「イテッ」
  夏代「どうしたのよ。こんなアザなんか作っちゃって」
  十一「何でもねえ」
  夏代「何でもなくないでしょ。シャツだってこんなに破いちゃって」
  十一「(ウィスキーをあおって)クソッ」
  夏代「喧嘩したんでしょ?何があったの?」
  十一「何でもねえったら」
  夏代「ね、私には話してよ(心配げに見る)」
  十一「(視線に気づき、無理に明るい調子で)本当に何でもないんだよ。酔っ払ってプロレスごっこしてたらテーブルにぶつけちまってさ、痛いのなんの、ハハハ。俺、風呂入ってくるよ(立ち上がり)全くまいったよな、ハハハ(出て行く)」
  夏代「(心配そうに見送る)」
  
☆朝・栗山邸外

☆リビング
 食事している面々
  冬子「昨夜はご乱行?」
  十一「え?」
  秋枝「夫婦喧嘩して姐御にぶん殴られたんだろ?」
  十一「バカヤロウ。そんな事あるわけねえだろ」
  秋枝「じゃ、そのアザは何だよ?」
  十一「だから、これはさ、酔っ払ってテーブルにゴチーンと」
  冬子「な〜んだ」
  十一「なんだとは何だよ」
  秋枝「浮気でもして姐御にとっちめられたのかと思った」
  十一「バ、バカいうなよ。浮気なんてするわけねえだろ!」
  冬子「どうだか」
  秋枝「男なんて当てにならないからな」
  十一「ケッ!朝から嫌味ばっかり言いやがって」
  秋枝「姐御、話によっちゃ、私が片つけてやってもいいよ」
  夏代「いいわよ、何でもないんだから」
  秋枝「本当に?」
  夏代「本当よ。それに・・」
  冬子「それに?」
  夏代「私、十一さんのこと信じてるもの」
  冬子「どうだろ。心配して損しちゃった」
  秋枝「全くだよ」
  十一「お生憎さま。君たちが思ってる以上に、俺たちはかた〜く結びついてるんだよ。な?」
  夏代「ええ(十一を見つめる)」
  十一「(笑顔で見つめ返す)」
  秋枝「また始まりやがった」

☆玄関ホール
 十一、靴をはいている
  夏代「(出てきて)十一さん」
  十一「え?」
  夏代「昨夜、何かあったんでしょ?」
  十一「何もないよ」
  夏代「本当?」
  十一「お前が心配するような事なんか、何もないよ」
  夏代「だったらいいんだけど・・」
  十一「じゃ行ってくる(ドアを開け)もちろん浮気もしてねえからな、ハハハ(出て行く)」
  夏代「行ってらっしゃい」

☆寝室
 夏代、裁縫箱を持って入って来る
 テーブルの前に座り、十一のワイシャツを繕い始める
 ふと手を止めて、心配げな表情

☆写真展会場
 受賞作品が展示されている室内、十一、酒巻のパネルの前に立っている
  声「やっぱり来たか」
  十一「(振り返る)」
  酒巻「(薄笑いを浮かべ)来ると思ったよ」
  十一「(背を向ける)」
  酒巻「人の成功を妬みやがって」
  十一「なに?」
  酒巻「そんなに尖がるなよ。俺が良い仕事紹介してやるからさ。ギャラだって今よりずっと高いぞ」
  十一「(キッと睨み)俺は金の為に写真撮ってるわけじゃねえ」
  酒巻「じゃあ、何の為だ」
  十一「自分が撮りたい写真を撮りたいだけだ」
  酒巻「そんなの、日曜大工で棚作ってるのと同じだよ」
  十一「なに?」
  酒巻「金にならない写真を何千枚撮ったって、しょうがないんだよ。金を稼げる写真を撮る、それがプロさ」
  十一「(奥歯を噛み締める)」
  酒巻「お前はな、自己満足に浸ってるだけなんだよ」
  十一「(怒りがこみ上げる)」
  酒巻「チャンスを掴めない事を僻んでるだけなのさ。素直に認めたらどうだい?そうすりゃ俺だって」
  十一「(右ストレートを食らわす)」
  酒巻「(床にひっくり返る)」
  十一「二度と俺の前にツラ出すな!(足早に立ち去る)」

☆代々木公園
 芝生にはバレーボールをする若者達や、無邪気に遊ぶ親子連れの姿
 十一、くわえ煙草でベンチに座っている
 横に置いたバッグには、無造作に突っ込まれた写真展のパンフレット
 十一、おもむろにカメラを取り出すと、目の前の風景にレンズを向ける
 何かを求めるかのように、一心不乱にシャッターを切る

☆栗山邸外

☆居間
 十一、仰向けに寝転び考えている
 テーブルの上に放り出されている数枚のモノクロ写真
  十一「(煙草をくわえる)」
  夏代「(入って来て)どうしたの?」
  十一「え?何でもないよ」
  夏代「お風呂あいたわよ」
  十一「そうか。綺麗に磨き上げて、男っぷりを上げてこなくちゃな、ハハハ(出て行く)」
  夏代「(写真を見る)」

☆深夜・静まり返った邸内

☆寝室
 夏代、目を覚ます。十一の姿はない。夏代、ベッドから起きて部屋を出る

☆居間
 十一、ベランダで考えている
  夏代「(入って来る)」
  十一「(気づいて振り返る)」
  夏代「(傍に行き)何してるの?」
  十一「ちょっと暑かったんでさ(煙草をくわえる)」
  夏代「(マッチで火を点け)何か悩み事?」
  十一「そんなのねえよ」
  夏代「うそ」
  十一「詩人は想像力がたくましいな、ハハハ(出て行く)」
  夏代「(部屋を出ようとして、ゴミ箱に目がいく)」
 クシャクシャに丸められたモノクロ写真
  夏代「(拾い上げ、不安げな表情になる)」

☆渋谷・公園通り
 雑踏、行き交う人々にレンズを向けている十一

☆スタジオ
 ゴミ箱に捨てられたモノクロ写真
 十一、疲れた顔で座っている
  十一「クソッ(くわえていた煙草を床に叩き付ける)」

☆リビング
 お膳にはステーキが並べられている
  信「(入って来て)ほう、今日はステーキかね(座る)」
  あまり「いつもより大きいんじゃない?」
  秋枝「馬券でも当ったのかい?」
  夏代「作詞のお金が少し入ったのよ。彼、お肉好きだし」
  冬子「私達はついでってわけね」
  十一「(声)ただいま(入って来る)」
  夏代「お帰りなさい」
  十一「(座って)お!今日はステーキか」
  夏代「あなた好きでしょ?いっぱい食べてね」
  十一「ああ(食べて)うめえ」
  夏代「良かった(嬉しそうに微笑む)」
  秋枝「(げんなりした顔で)そんなに大事なのかねえ、こんな男が」

☆寝室
 十一、パジャマ姿で酒を飲んでいる
 夏代、ドレッサーの前で顔の手入れ
  十一「あんまり無理すんなよな」
  夏代「何が?」
  十一「晩飯のステーキ、高かったんだろ?」
  夏代「大丈夫よ。作詞のお金が少し入ったの」
  十一「自分で稼いだ金なんだから、洋服でも買えばよかったのに」
  夏代「いいの(隣りに座り)美味しい料理作るぐらいしか、あなたにしてあげられないんだもの」
  十一「ええ?」
  夏代「私は写真の事なんか解らないし、あなたが悩んでても何も出来ないでしょ」
  十一「何だよ、それ?」
  夏代「見たのよ。捨ててあった写真」
  十一「バカだなお前、ハハハ。」
  夏代「本当のこと言ってよ」
  十一「本当も何も、何にもねえもん」
  夏代「でも・・」
  十一「さ、そろそろ寝ようぜ。心配性だな、お前は、ハハハ(ベッドに入る)」
  夏代「(立ち上がって電気を消す)」

☆朝・寝室
 十一、寝ている
  夏代「(入って来て)十一さん、十一さん(揺り起こす)」
  十一「う〜ん」
  夏代「電話よ。起きて」
  十一「誰だよ、こんな朝っぱらから」
  夏代「稲葉先生」
  十一「ええ?」

☆リビング
 信、秋枝、冬子、あまり食事している
 十一と夏代、入って来る
  十一「(電話を取り)もしもし・・」
  稲葉「(声)おお、トイチか!」
  十一「どうしたんですか?」

☆パキスタン・空港
 稲葉、民族衣装を着て電話ボックスにいる
  稲葉「いやな、これから日本に帰るんだよ」
  十一「(声)ホントですか?」
  稲葉「ああ、カラコラムの写真集出してくれるって話があってよ・・これから飛行機に乗るんだ」

☆リビング
  十一「これからって、じゃ今空港ですか?そんなら、もっと早く電話すりゃいいのに」

☆パキスタン・空港
  稲葉「昨夜、電話しようと思ったんだけど、邪魔しちゃ悪いと思ってな、フフフ」
  十一「(声)何の事ですか?」
  稲葉「決ってるだろ。夏代さんの事だよ、クフフフ。うまくいってるんだろ?よお、トイチ」

☆リビング
  十一「そりゃまあ・・どんな感じって、来れば判りますよ・・はいはい・・それじゃ(切る)」
  夏代「稲葉先生、帰って来るの?」
  十一「ああ」
  夏代「いつ?」
  十一「これから飛行機乗るって(座る)」
  夏代「ずいぶん急ね(座る)」
  信「帰国したら、我が家で歓迎会開こう」
  秋枝「なんで?」
  信「だって、十一君と夏代の橋渡し役だからねえ。二人を見たら、先生もきっと喜んでくれるよ」
  秋枝「うんざりするんじゃないか」
  冬子「すぐ帰りたくなっちゃうかもね」
  夏代「(十一のご飯をよそって)空港まで迎えに行くんでしょ?」
  十一「ああ、行かなきゃマズイだろう(食べる)」
  夏代「じゃ、私も一緒に行くわ」
  十一「悪いな」
  夏代「何言ってるの。あなたの先生じゃない」
  十一「うん、まあ、ハハハ」
  夏代「(トマトを箸で取り)はい、野菜も食べて」
  十一「(パクッと食べる)」
  秋枝「こんなの見たら、卒倒しちまうんじゃねえか」
  冬子「ホント、間が悪いったらありゃしない」

☆スタジオ居間
 チャイムが鳴る
  十一「誰?」
  郵便配達「(声)速達です。ハンコお願いします」
  十一「(引き出しからハンコを出し、ドアを開け)はい(ハンコ渡す)」
  郵便配達「(ハンコを押し大判封筒を渡す)どうも(出て行く)」
  十一「(封筒の裏を見て)あの野郎(封筒を開ける)」
 「カメラ日本」最新号が出てくる
  十一「(ページを捲る)」
 カメラ日本に掲載されている酒巻の写真(アップ)
  十一「(写真を見ながら)こんなのが賞取るんじゃ、日本の写真界も終わりだな(雑誌を放り投げる)」
 机の前に座って、写真のチェックを始める
  十一「人の事は言えねえか・・ああ、面白くねえ(ベッドに寝転ぶ)」
 チャイムが鳴り、ゲン入って来る
  ゲン「こんにちわ」
  十一「ああ」
  ゲン「どうしたんですよ。しなびた柿みたいな顔しちゃって」
  十一「何でもねえよ」
  ゲン「はは〜ん。夏代さんと喧嘩したんでしょ?」
  十一「そんなんじゃねえよ」
  ゲン「隠さなくたっていいですよ。で、原因は何ですか?まさか浮気とか?」
  十一「うるせえな」
  ゲン「そんな事はないか。先輩が女にモテるはずないですもんね」
  十一「自分のこと棚に上げやがって」
  ゲン「じゃ何なんですよ?」
  十一「何でもねえったら!いいから向こう行けよ(背を向ける)」
 チャイムが鳴る
  ゲン「はーい」
  夏代「(入って来て)あら、玄也さん来てたの?」
  ゲン「(傍に寄り小声で)何かあったんですか?様子が変なんですけど」
  夏代「何でもないのよ。心配しないで」
  ゲン「そうですか、ならいいんですけど・・で、夏代さんはどうして?」
  夏代「稲葉先生を迎えに行くの」
  ゲン「稲葉先生帰って来るんですか?」
  夏代「ええ。今朝急に電話があって」
  ゲン「相変らず気まぐれですねえ」
  十一「何をクチャクチャ喋ってんだよ」
  ゲン「いえ、別に。それじゃ僕は」
  夏代「あら、用事があったんじゃないの?」
  ゲン「今日は日が悪そうですから、また改めて。先生によろしく(出て行く)」
  夏代「(十一に)少し早かったかしら?」
  十一「(起き上がり)いや。じゃ行こうか」

☆空港外観

☆空港・送迎ロビー
 十一と夏代、稲葉の姿を探す
 稲葉、民族衣装姿でリュックを持って出てくる
  十一「先生!」
  稲葉「(気づいて)おお!トイチ!(二人の傍に来る)」
  十一「お帰りなさい、先生(手を差し出す)」
  稲葉「ありがとう(夏代の手を握る)」
  十一「チェッ」
  夏代「先生、お帰りなさい」
  稲葉「いやあ、夏代さんまで来てくれるとは思わなかったよ。さ、行こう(リュックを十一に渡して歩き出す)」
  十一「ちょっと!ったくもう〜(リュックを担いで付いて行く)」
  
☆リビング
 お膳に寿司や刺身などがのっている
  信「さ、先生、遠慮なくやって下さい。何たって先生は、十一君と夏代の恩人なんですから」
  稲葉「いや、それほどでも」
  信「(徳利を持って)さあ、飲んで下さい(注ぐ)」
  稲葉「どうも(飲む)」
  十一「(焼き魚の身をほぐしている)」
  夏代「ちょっと、何してるのよ?」
  十一「見ればわかるだろ」
  夏代「不器用ね、もう。猫より酷いじゃない(魚の身をほぐし)はい(箸で十一の口元へ)」
  十一「(食べて)うん、美味い。刺身」
  夏代「(皿に取って前に置く)」
  稲葉「ねえ、いつもあんな感じなの?」
  秋枝「そう」
  冬子「見てるだけで、寒気がしてくるでしょ?」
  秋枝「二人とも、頭のネジが外れちまったらしいよ」
  稲葉「ふ〜ん」

☆居間
 机の上に花瓶、写真立てには二人の写真
 テレビの上にはレース編みの敷物、壁には小さな絵がかかっている
 十一、稲葉、テーブルの前に座っている
  十一「(ウィスキーをグラスに入れて)先生」
  稲葉「(部屋の中を見回している)」
  十一「先生!」
  稲葉「い?ああ」
  十一「どうしたんですか?さっきからソワソワして」
  稲葉「いやあ、何か落ち着かなくってさ。花なんか飾ってあったりしてよ」
  十一「あれは、あいつがやってるんですよ」
  稲葉「そんなの判ってるよ。お前が花なんか生けるわけねえもんな」
  十一「俺はどうでもいいんですけどね、あいつがやりたいって言うから、やらしてるんですよ、ハハハ」
  稲葉「鼻の下伸ばしやがって。いいかトイチ、俺はお前の為を思って譲ったんだからな。忘れんなよ」
  十一「判ってますよ」
 夏代、おぼんに酒の肴を乗せて入って来る
  夏代「(テーブルに器を置き)お口に合うかどうかわかりませんけど」
  稲葉「いやあ、夏代さんの作った物なら、美味しいに決ってますよ(食べて)うん、うまい」
  夏代「それじゃ、ごゆっくり」
  稲葉「夏代さんも一緒に飲みましょうよ。久しぶりに会ったんだから」
  夏代「そうですか。じゃあ、ちょっとだけ」
  十一「(ウィスキーのボトルを取り)薄い方がいいだろ?」
  夏代「ええ」
  稲葉「(ボトルを横取りして)俺がやるよ(水割りを作り)はい」
  夏代「ありがとう(飲む)美味しい」
  稲葉「だろ?トイチみたいに無神経じゃないからね」
  十一「どういう意味ですか?」
  稲葉「お前にやらせたら、壊れた蛇口みたいにドボドボ注ぐに決ってんだよ。俺みたいに繊細じゃないから」
  十一「フン!」
  稲葉「だけどさ、何でこんなヤツを選んだんだい?俺の方がズッと上なのに」
  夏代「ええ、あの・・」
  稲葉「でもま、美女と野獣って言葉もあるしな」
  十一「ケッ」
  稲葉「とにかく、今日はゆっくり飲もうよ。差し向かいでさ」
  夏代「ええ」
  十一「(手酌で酒を飲みながら)俺は邪魔ってわけね」

☆栗山邸外・静寂

☆居間
 夏代、布団を敷いている
 稲葉、タオルで顔を拭きながら入って来る
  稲葉「やっぱり日本の風呂はいいなあ」
  夏代「久しぶりの日本ですもの、ゆっくりして下さいね」
  稲葉「ありがとう。トイチは?」
  夏代「酔い潰れて寝てます」
  稲葉「あいつ・・夏代さんに世話かけてるんだろうね?」
  夏代「ええ、毎日たいへん」
  稲葉「そうだろうな、ハハハ。幸せかい?」
  夏代「ええ・・先生、ごめんなさい」
  稲葉「俺に謝る事なんかないじゃないか。君が幸せなら、それだけで充分だよ」
  夏代「本当にありがとう」
  稲葉「もうよそうよ。過ぎた話じゃないか、ハハハ。で、トイチは優しくしてくれるかい?」
  夏代「ええ」
  稲葉「そうか、そりゃ良かった」
  夏代「あのね、先生」
  稲葉「何だい?」
  夏代「実は彼、この2、3日変なんです」
  稲葉「いつもと変わらないように見えるけどなあ」
  夏代「私には解るの。無理に明るく振舞ってるって・・」
  稲葉「何かあったの?」
  夏代「これ(ポケットからモノクロ写真を出す)」
  稲葉「これトイチの?」
  夏代「ええ、ゴミ箱に捨ててあったんです」
  稲葉「あんまり出来は良くないな。それで捨てたんじゃないの?」
  夏代「彼、仕事の事で悩んでるみたいで・・」
  稲葉「そう・・」
  夏代「先生から聞いてくれませんか?私は写真の事なんて解らないから」
  稲葉「優しいね、君は。トイチには勿体無いな、ハハハ」
  夏代「何もしてあげられないのが辛いんです、私」
  稲葉「解った。聞いてみるよ」
  夏代「すいません」
  稲葉「きっと大した事じゃないよ。あいつ、気まぐれだからね」
  夏代「ええ」

☆朝・小田急線線路

☆リビング
 食事している面々
  稲葉「トイチ、お前今日はどうすんだ?」
  十一「どうするって、来週号の撮影ですよ。昨夜言ったでしょ?」
  稲葉「おお、そうだったな」
  十一「先生の方こそ、どうするんです?」
  稲葉「俺は、写真集の打ち合わせだよ」
  十一「ギャラ値切られないようにして下さいよ」
  稲葉「解ってるよ」
  信「写真集とは凄いですね」
  稲葉「いやあ、大した事はないですよ」
  秋枝「そんなもん、買う奴いるのかね」
  冬子「売れ残り押し付けたりしないでね」
  十一「失礼な連中だな、全く(ご飯をかき込み、ボロボロこぼす)」
  夏代「やあね、もう(ご飯を拾う)」
  十一「こぼした?」
  夏代「子供みたいなんだから。サラダ残ってるわよ」
  十一「もういいよ」
  夏代「ダメ(レタスを箸で取り)はい」
  十一「いいよ。先生がいるのに・・」
  稲葉「あ、俺の事は気にしなくていいから」
  夏代「さ、食べて」
  十一「うん・・じゃあ(食べる)」
  夏代「ドレッシング変えてみたんだけど、どう?」
  十一「うまい」
  夏代「そう、いっぱい食べてね」
  十一「うん」
  冬子「(小声で)毎日この調子なの」
  稲葉「夏代さん、本当にトイチが好きなんだねえ」
  秋枝「アバタもエクボも、ここまでいきゃ大したもんさ」

☆凸凹出版・第2出版部前の廊下
 稲葉、編集部員と出てくる
  部員「いやあ、今度の写真集は良いものになりますよ」
  稲葉「そう言って頂けると嬉しいです」
  部員「稲葉勇作ここにありって感じですね、ハハハ」
  稲葉「いやあ」
 エレベーターの扉が開き、酒巻降りてくる
  酒巻「(部員を見て)こんちわ」
  部員「あ、どうも」
  酒巻「(稲葉を見て)あの、ひょっとして稲葉勇作先生ですか?」
  稲葉「ええ」
  酒巻「先生は随分ひどい弟子をお持ちですね」
  稲葉「弟子って、トイチが何か?」
  酒巻「いきなり僕に殴りかかってきましてね。あんな弟子とは、早く縁を切った方がいいですよ」
  稲葉「はあ」
  酒巻「それじゃ(立ち去る)」
  部員「相変らずいけ好かない野郎だ」
  稲葉「誰ですか?」
  部員「ああ、酒巻って新進カメラマンですよ。うちの社で出してるカメラ日本で賞取りましてね」
  稲葉「へえ。カメラ日本で賞取るなんて、いい腕なんでしょうね」
  部員「さあ、どうですかね」
  稲葉「(怪訝な表情で見る)」
  部員「株主の意向には逆らえませんからねえ」
  稲葉「はあ」

☆スタジオ居間
 チャイムが鳴る
 十一、スタジオから出てくる
 稲葉、入って来る
  十一「なんだ、先生ですか」
  稲葉「何だとはご挨拶だな」
  十一「打ち合わせは終ったんですか?」
  稲葉「お、バッチリだよ」
  十一「どうだか」
  稲葉「なに?」
  十一「いえ別に」
  稲葉「お前の方は終ったのか?」
  十一「ええ、一応」
  稲葉「じゃ、メシ食いにいくか」
  十一「ウチ帰れば食えるでしょ」
  稲葉「夏代さんの手料理もいいけどよ、たまには二人で食おうや。久しぶりに会ったんだから」
  十一「そりゃまあ」
  稲葉「よし、じゃ行こう」
  十一「はあ」

☆「赤とんぼ」外

☆「赤とんぼ」店内
 十一と稲葉、カウンターで酒を飲んでいる
  きよ「(ししゃもの皿を出し)もう帰って来ないのかと思ったわよ」
  稲葉「おきよ小母さんの味が忘れられなくてさ」
  きよ「また上手いこと言って」
  稲葉「本当だよ」
  きよ「でも、先生も変わってるわよね。あんなとこ行っちゃうなんてさ」
  稲葉「なあに、好きな写真が撮れるだけでも御の字だよ。ま、その分金は無いけどさ」
  きよ「だいたいカメラマンなんて、儲かりそうもない商売だものね」
  稲葉「そんな事ないよ」
  きよ「そう?」
  稲葉「俺みたいに金にならない写真ばっかり撮ってる奴もいれば、金を稼ぐのがプロだって考えてる奴もいるしな」
  きよ「先生と大違いだ」
  稲葉「彼らみたいにしてたら、俺も今頃はな」
  きよ「何で、そうしなかったの?」
  稲葉「少し格好いいけどさ、自分が納得いくものしか、シャッター切りたくなかったんだな、きっと」
  きよ「ふ〜ん」
  稲葉「お前は甘いって、よく言われたけど、ハハハ」
  十一「後悔した事ありませんか?」
  稲葉「無いって言ったらウソになるな・・でも、これで良かったと思ってるよ、俺は」
  十一「そうですか・・」
  稲葉「なあトイチ、お前、酒巻ってカメラマン殴っただろ」
  十一「・・・」
  稲葉「あいつが汚い手で賞を取ったからか?」
  十一「ええ・・まあ」
  稲葉「ウソつけ」
  十一「本当ですよ」
  稲葉「自分より腕が落ちると思ってた奴に先越されて、気に入らなかったんだろ」
  十一「そんなこと・・」
  稲葉「図星だな」
  十一「・・・」
  稲葉「ま、実力と世間の評価は違うからな」
  十一「解ってますよ、それぐらい」
  稲葉「それで拗ねてたのか?」
  十一「違いますよ」
  稲葉「じゃ何だ?」
  十一「俺、解んなくなっちゃったんです」
  稲葉「何が?」
  十一「俺、先生みたいに自分が撮りたい写真を撮ってる訳でも、金が儲かってるわけでもねえし・・」
  稲葉「何言ってんだ。今は自分の名前を売るのが先決だろ?名前が売れれば、撮りたい写真なんていくらでも撮れるさ」
  十一「それは解ってるんです。ただ、俺・・撮りたくもねえ写真撮って、雀の涙みたいな金貰って・・」
  稲葉「・・・」
  十一「食っていく為には仕方ねえし、稼げなきゃプロじゃないのかもしれない。でも・・」
  稲葉「でも?」
  十一「もっと他に何かあるんじゃないかと思って・・」
  稲葉「それで?」
  十一「町へ出て、手当たり次第にシャッター切ったんです。でも・・出来上がった写真は全部捨てました」
  稲葉「何故?」
  十一「俺の写真じゃないんです。俺が撮りたいのは、こんな写真じゃない・・」
  稲葉「ふ〜ん」
  十一「だけど、どんな写真が撮りたいのか考えても、解んないです・・俺は、自分の写真の事さえ解ってなかった」
  稲葉「・・・」
  十一「俺には、酒巻を非難する資格なんてない。俺、このままじゃダメになりそうで・・」
  稲葉「そんな事ないさ」
  十一「先生、どうしたらいいんですか?」
  稲葉「そういう時はな、何も考えずにシャッター切りゃいいのさ」
  十一「・・・」
  稲葉「俺も色々迷ったし、仲間が少し先に行くと妙に焦ってな・・でもシャッター切る内に、そんな事忘れちまった、ハハハ」
  きよ「楽天家だね、先生は」
  稲葉「だって、それでなきゃ面白くないだろ、生きてたってさ」
  きよ「そりゃそうだ、フフ」
  稲葉「そんな事は頭で考えるもんじゃなくってさ、自然と自分の中から湧き上がってくるもんじゃないかな」
  十一「・・・」
  稲葉「お前、理屈で考えて夏代さんに惚れた訳じゃないだろ?自分でも気づかないうちに惚れてたんだろ?」
  十一「それとこれとは・・」
  稲葉「同じだよ。気づかないうちに自分だけの被写体に巡り会う・・そんなもんさ」
  十一「・・・」
  稲葉「その日が来るまで、週刊ドリームの表紙だろうが何だろうが、シャッター切り続けろよ」
  十一「その日が来なかったら・・」
  稲葉「バカ!お前にだって、必ずその日はくる」
  十一「(胸がつまる)」
  稲葉「そんな事でクヨクヨするなんて、お前らしくないぞ」
  十一「(涙がこみ上げる)」
  稲葉「酒飲んで忘れちまえ」
  きよ「そう。そんな顔してたら、可愛い奥さんに嫌われちゃうよ」
  稲葉「なあトイチ、桜にはパッと咲いてパッと散るのもあれば、遅咲きのやつもあるだろ?人間もさ、同じなんだよ」
  きよ「先生、良い事言うね」
  稲葉「そう思うなら、もっと酒出してくれよ」
  きよ「あいよ」
  稲葉「さあ、飲もう飲もう(十一に酒を注ぐ)」
  十一「(一気に飲む)」

☆栗山邸・十一と夏代の寝室
 夏代、レース編みをしている
 下から十一と稲葉の声が聞こえる
 夏代、急いで出て行く

☆2階廊下
 十一、稲葉に支えられながら上がってくる
  稲葉「トイチ、しっかりしろよ」
  十一「先生!俺の気持ち解ってくれるでしょ!」
  稲葉「解った、解った」
  夏代「どうしたの?」
  稲葉「いや、飲ませ過ぎちゃってさ」
  十一「先生、今夜は徹夜で飲みましょ!」
  夏代「(十一の身体を支え)ちょっと大声出さないでよ。みんな寝てるんだから」
  十一「それがどうしたってんだよ。今夜は先生と語り明かすんだ!ハハハ」
  稲葉「バカ言ってないで、さっさと寝ろよ」
  十一「先生!逃げようってんですか!」
  稲葉「しょうがねえな、全く」
  夏代「十一さん、早く寝てちょうだい」
  十一「俺に命令すんな!女は黙ってろ!」
  稲葉「いい加減にしろ!」
  十一「先生、何も怒鳴らなくたって・・」
  稲葉「トイチ、夏代さんに心配かけんなよ。な?」
  十一「うん・・」
  稲葉「そんな事してたら、夏代さん、俺がさらっちまうぞ」
  十一「欲しけりゃ持ってって下さい、ヒック」
  稲葉「心にも無い事言いやがって」
  十一「ちゃ〜んとノシつけますから、ハハハ」
  夏代「さ、部屋入って。すいません、本当に」
  稲葉「いや、いいんだよ。お休み」
  夏代「お休みなさい」
 夏代に支えられて、十一寝室に入る

☆寝室
 十一、ベッドで高いびきをかいている
 夏代、布団をかけ部屋を出る

☆居間(昔の十一の部屋)
 稲葉、布団の上にアグラをかき、煙草を吸っている
 ドアにノックの音がする
  夏代「(入って来て)ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
  稲葉「トイチどうした?」
  夏代「高いびきで寝ちゃったわ」
  稲葉「天下太平だな、ハハハ」
  夏代「それで、どうでした?」
  稲葉「いや、大した事ないよ。誰でも一度はぶつかることさ」
  夏代「そう・・」
  稲葉「すぐにケロッとなるよ」
  夏代「ええ・・」
  稲葉「大丈夫、大丈夫、ハハハ」

☆朝・寝室
 十一、ベッドで目を覚ます
  十一「(立ち上がり)あ、イテッ。ああ、飲みすぎだ(再びベッドに座り頭を叩く)」
  夏代「(入って来て)二日酔いが相当ひどいみたいですわね、ホホホ」
  十一「人のことだと思って。水くれ」
  夏代「(水差しの水をコップに入れ渡す)」
  十一「(一気に飲んで)ああ、頭いてえ」
  夏代「(隣りに座り)私に悪態ついた罰よ」
  十一「何か言ったか、俺」
  夏代「昨夜のが本心なら考え直さなきゃねえ」
  十一「何だよ急に!(自分の声が頭に響いて)あ、イテッ」
  夏代「いい気味、フフ」
  十一「チェッ、先生は?」
  夏代「とっくに出かけたわよ」
  十一「そうか」
  夏代「(十一の目じりの辺りを触り)喧嘩のアザも大分消えてきたわね」
  十一「え?」
  夏代「酒巻って人も災難ね、あなたに殴られて」
  十一「先生に聞いたのか?」
  夏代「まあね」
  十一「余計なこと言いやがって」
  夏代「あなたから聞きたかったな」
  十一「・・・」
  夏代「何で言ってくれなかったの?」
  十一「お前に、心配かけたくなかったんだよ」
  夏代「どうして?私たち夫婦じゃない」
  十一「・・・」
  夏代「私には仕事の事は解らないけど、壁に向かって話すだけでも、気分が軽くなるって言うでしょ?」
  十一「ああ」
  夏代「これからは何でも話して、ね?」
  十一「解ったよ・・もう一杯水くれ」
  夏代「(コップに水を入れながら)先生がね、あなたは遅咲きの桜だって」
  十一「桜には早咲きと遅咲きがあるってんだろ?桜にはな、つぼみのまま枯れちまうのもあるんだよ」
  夏代「(コップを渡し)そうはならないわよ」
  十一「何で判るんだ?(水を飲む)」
  夏代「だって私の旦那さまですもん」
  十一「お前もヘンな女だな」
  夏代「なんで?」
  十一「俺みたいな男と一緒にいれば、苦労するのが目に見えてるのに」
  夏代「一人で坂道を登ると辛いけど、二人だと結構楽しいじゃない」
  十一「バカだな、お前」
  夏代「ホント、フフ」
  十一「(肩を抱く)」
  夏代「(胸に顔を埋める)」

☆スタジオ前廊下
 十一、やってくる
 稲葉、登山姿でスタジオから出てくる
  十一「先生、どこ行くんですか?」
  稲葉「日本の山に登りたくなってよ」
  十一「相変らずですねえ」
  稲葉「あと頼むな」
  十一「はいはい(ドアの方へ)」
  稲葉「トイチ」
  十一「(振り返る)」
  稲葉「あんまり、焦るなよ」
  十一「え?」
  稲葉「お前の腕が確かだってのは、間違いないんだから」
  十一「・・・」
  稲葉「じゃな(ビルの外へ)」
  十一「先生・・」

☆リビング
 夏代、料理をお膳に並べふきんをかける
  冬子「(声)ただいま」
  秀子「(声)おじゃましまーす」
 冬子、秀子、入って来る
  夏代「ちょうどよかった。私、これから出かけるから、後よろしくね」
  冬子「どこ行くの?」
  夏代「彼とデート」
  秀子「ああ、なるほど」
  夏代「夕飯の支度してあるから(出て行く)」
  冬子「相変らず仲のおよろしいことで」

☆スタジオ居間
 十一、カメラの手入れをしている
 チャイムが鳴る
  十一「開いてるよ」
  夏代「(入って来て)今晩わ」
  十一「どうしたんだよ?何かあったのか?」
  夏代「ううん、たまにはあなたと豪華なディナーでも食べようと思って」
  十一「ええ?」

☆ラーメン屋中
 十一と夏代、向かい合ってラーメンを食べている
 テーブルの上には餃子と野菜炒め
  十一「これが豪華なディナーかよ?」
  夏代「今の私達には分相応よ」
  十一「そりゃそうだけど」
  夏代「10年後、ううん、5年後には、一流のホテルでフランス料理が食べられるようになるわ」
  十一「お前は気楽だな」
  夏代「そうじゃなきゃ、あなたと住めないわよ」
  十一「ケッ、言いたいこと言いやがって」
  夏代「お互い様(一つ残っていた餃子をつまむ)」
  十一「あ!俺が食べようと思ってたのに」
  夏代「はい(十一の口の前に持って行く)」
  十一「おい、よせよ。こんなとこで」
  夏代「いいじゃない」
  十一「でもさ・・」
  夏代「誰も見てないわよ」
  十一「(周りを伺い)それじゃ、まあ(食べて、照れ臭そうに笑う)」
  夏代「フフフ」

☆多摩川河原・土手上の道
 十一と夏代、歩いてくる
  夏代「一つ聞いていい?」
  十一「何だよ?」
  夏代「あなたといるだけで、私は毎日とっても楽しい。十一さんは?」
  十一「俺だって、結構楽しいよ」
  夏代「本当?」
  十一「ああ」
  夏代「良かった」
  十一「あんまり余計な事心配すんなよな」
  夏代「あなたの方こそ隠し事なんかしないでよ」
  十一「そんな言い方することねえだろ」
  夏代「あなたが素直じゃないからでしょ」
  十一「なんだと!」
  夏代「何よ!」
 一瞬間があき、二人は顔を見合わせて笑う
  夏代「いつまでたっても変わらないわね、私達って」
  十一「ああ」
  夏代「似た者夫婦ってことかしら」
  十一「まあな・・俺、お前に心配かけるばっかりで、何もしてやれねえな」
  夏代「傍にいてくれるだけでいい」
  十一「(照れて鼻の頭をこすり)今度はラーメンじゃなくて、天丼でも食いに行くか」
  夏代「うん・・ねえ」
  十一「え?」
  夏代「先生の前で泣いたんだって?」
  十一「バカヤロウ、鼻水が出ただけだよ」
  夏代「へえ〜、そう」
  十一「何だよ、その疑り深い目は」
  夏代「違うならいいけど・・私の前だったら、いくら泣いてもいいわよ」
  十一「女房の前で出来るか」
  夏代「やっぱり泣いたんだ」
  十一「そうじゃねえったら!(先を歩く)」
  夏代「ハハハハ(追い駆けて腕を組む)」
  十一「フン!」
 十一と夏代、身体を寄せ合って歩いて行く
―おわり―

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