第38話「すいかの種と女心」 放映日:1974年7月31日(水) 脚本:てつまにあ

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☆リビング
 十一、夏代、秋枝、冬子、信、あまり、スイカを食べている
 夏代「ちょっと〜、やめてよ」
 十一「(口の周りをスイカの汁でグジュグジュにして)なんだよ?」
 夏代「あなたが吐き出したスイカの種が、テーブルに散らばってるじゃない」
 十一「しょうがねえだろ。文句があるならスイカの種に言ってくれよ」
 夏代「こんなにしちゃって(十一の口の周りを拭いて)マリーより食べ方が下手なんだから」
 十一「よせったら」
 冬子「毎度のことながら、よくやるわね」
 秋枝「好きにさせてやんな(立ち上がる)」
 夏代「あら、もう食べないの?」
 十一「腹でも下ってるのか?」
 秋枝「バーカ(部屋に入る)」
 十一「(秋枝の残したスイカを素早く取り)残しといちゃ勿体ねえからな」
 信「秋枝、何かあったのかねえ」
 あまり「女心は複雑なのよ」
 信「ングッ(スイカが喉につまる)」
 冬子「大丈夫?お父さん(背中を叩く)」
 信「(スイカの種を吐き出す)」
 スイカの種、十一の顔に命中
 十一「ホントにふくざつ〜」

☆シャングリラ
 気だるい感じの秋枝、孝夫外出の支度をしている
 孝夫「それじゃ、ママさん」
 秋枝「あ、行っといで」
 孝夫「すいません、急に見合いだなんて」
 秋枝「いいさ。親父さんもコーちゃんの事心配なんだろ」
 孝夫「ええ・・じゃ行ってきます(出て行く)」
 秋枝「(心がチクッとなる)」

☆リビング
 十一と夏代、ソファーに座っている。十一はビール片手にナイター観戦、夏代は隣りで文庫本を読んでいる
 十一「さっきから何読んでるんだよ?」
 夏代「ヴェルレーヌ」
 十一「バレリーナ?」
 夏代「ヴェルレーヌ、フランスの詩人よ。昔から好きだったの。ヴォードレールも好きだけど。“さてこの無情の幸福にひたって、いつもいつも自分に言って聞かせるのです。あまり度々で気恥ずかしいほどですが、「僕はあなたを愛す」と”」
 十一「何だい、そりゃ?」
 夏代「写真家も芸術家の端くれでしょ?少しは詩ぐらい読んだら」
 十一「フン!俺の写真はもっときびし〜いもんなんだよ」
 夏代「へえ〜」
 十一「チェッ!(ビールを飲む、口元から溢れたビールが喉元から胸に流れる)」
 夏代「またあ、やあねもう(ビールをタオルで拭く)」
 十一「へへへ、母性本能くすぐられるだろ?」
 夏代「何それ?」
 十一「俺は母性本能刺激するタイプだって。フーちゃんが言ってた」
 夏代「バカみたいな事言わないで」
 十一「へへへ(夏代の耳元で何やらささやく)」
 夏代「やめて」
 十一「(夏代の肩を抱き、もう一度ささやく)」
 夏代「(十一の耳元に何かささやく)」
 顔を見合わせて笑う二人。秋枝帰って来るが、二人は気づかない
 秋枝「んん(咳払い)」
 十一、夏代振り返る。秋枝を見て慌てて身体を離す
 秋枝「じゃましちゃったみたいだね」
 夏代「違うわよ、やあね。遅かったじゃない。ご飯は?」
 秋枝「お茶漬けでいいや」
 夏代、秋枝台所へ行く

☆台所
 座っている秋枝、夏代
 夏代「(お茶漬けを秋枝の前に置く)」
 秋枝「は〜(ため息)」
 夏代「どうしたの?」
 秋枝「あねご、幸せそうだね」
 夏代「え?」
 秋枝「女の幸せは、好きな男に愛されることなんだね、やっぱり」
 夏代「どうしたのよ急に」
 秋枝「何でもないさ(お茶漬けを食べる)」
 夏代「何かあったの?」
 秋枝「(お茶漬けをかき込む、伏せた目がキラッと光る)」

☆居間(昔の十一の部屋)
 十一はネガのチェック、夏代はその横で文庫本を広げながら考え事をしている
 夏代「どうしたのかしら、秋ちゃん。ねえ、ヘンじゃなかった?」
 十一「いつもヘンじゃねえか」
 夏代「茶化さないで。さっき秋ちゃんらしくない事言ったのよ。女の幸せがどうのこうのって」
 十一「へえ〜、あいつもやっと色気づきやがったか」
 夏代「じゃ秋ちゃん?」
 十一「ああ、間違いねえよ。女がそういう事を口にするのは、惚れた男が出来たからさ」
 夏代「誰かしら」
 十一「さあな」

☆翌朝、リビング
 一同、食事している
 十一「(忙しなく食べながら、サラダの器を遠ざける)」
 夏代「(器を十一の前に戻しながら)秋ちゃんは?」
 冬子「さっき洗面所にいたわよ」
 秋枝、ノロノロ入って来て座る。夏代、大盛りの茶碗を秋枝の前に置く
 秋枝「半分にしてよ」
 夏代「(十一に目配せ)」
 十一「(察して)今さらダイエットしたってしょうがねえだろ、なあフーちゃん」
 冬子「ダイエットって柄じゃないわね」
 信「秋枝、体の具合でも悪いのか?」
 秋枝「何でもないよ」
 十一、夏代、顔を見合わせる

☆玄関ホール
 秋枝、疲れたように靴を履いている。十一、夏代二階から降りてくる
 十一「おお、偶然だな。たまには一緒に行こうか」
 秋枝「勝手にしな(出て行く)」
 十一「待てよ!(夏代にウインクしてで行く)」
 夏代、心配そうな顔で見送る

☆坂道
 並んでい歩いている十一と秋枝
 十一「何かあったのか?夏代が心配してたぞ」
 秋枝「何もありゃしないよ」
 十一「ふ〜ん、そうか。ならいいだ」
 秋枝「ジャックは何でアネゴと結婚したんだい?」
 十一「何だよ、急に」
 秋枝「美人だからかい?」
 十一「仕事で見飽きてるよ」
 秋枝「じゃあ、何故だい?」
 十一「何故って言われても・・その・・まあ、なんだ・・空気みたいって言うか」
 秋枝「空気?」
 十一「気を使わなくていいっていうか・・一緒にいて楽なんだよ。向こうもそうだろうけど」
 秋枝「気を使ってるようじゃダメなんだな」
 十一「え?何があったんだよ?」
 秋枝「別に・・ただコーちゃんがさ・・昨日見合いして・・それだけの話さ」
 十一「ふ〜ん・・あ、忘れ物した!先行ってくれ(家の方に戻る)」
 秋枝「ヘンなヤツ(トボトボ歩いて行く)」


☆台所
 夏代が後片付けしていると、十一が慌しく入って来る
 十一「おい、やっぱり図星だったぞ」
 夏代「相手はだれなの?」
 十一「シャングリラのバーテンだよ」
 夏代「ええ!コーちゃんなの?」
 十一「ああ、間違いねえよ。あいつな、昨日見合いしたらしいんだ」
 夏代「それで秋ちゃん・・どうしたらいいかしら?」
 十一「相手次第さ。向こうが何とも思ってなきゃ、しょうがねえだろ」
 夏代「そうね・・ねえ、協力してくれる?」

☆シャングリラ
 秋枝、何となく落ち着かない。電話が鳴り取る。
 秋枝「もしもし」

☆公衆電話
 十一、夏代電話の前
 十一「(鼻をつまんで)孝夫君の友人の山本ですが」

☆シャングリラ
 秋枝「ちょっと待って下さい。コーちゃん電話」
 孝夫「すいません(受話器取って)もしもし」

☆公衆電話
 十一「あ、大場十一だけど」
 孝夫「(声)ママさんならいますけど」
 十一「いや、君にちょっと話があるんだ。ちょっと出てきてくれないか?・・あ、俺のことは秋ちゃんには内緒にな」

☆シャングリラ
 孝夫「はい、わかりました(電話切る)ママさん、ちょっと友達に会ってきていいですか?」
 秋枝「ああ、いいよ」
 孝夫出て行く

☆シャングリラ外
 孝夫出てくる。十一、夏代現れる



☆公園
 孝夫「(振り返って)話って何ですか?」
 夏代「実はね、秋ちゃんの事なのよ」
 孝夫「ママさんの?」
 夏代「ええ、秋ちゃんあなたのこと・・」
 孝夫「え?」
 十一「秋ちゃん、君の事が好きなんだよ」
 孝夫「からかわないで下さいよ」
 夏代「本当なのよ。それでね、あなたの方はどう思ってるのかと・・」
 十一「孝夫君、君は秋ちゃんが好きか?」
 孝夫「・・・・」
 十一「(早合点して)そうだろうな。あんな気の強い女、君とは合わねえよね。何かっていうと刀ぶん回しやがるし、口は悪いし、男っぽい」
 孝夫「そんな事ありません!ママさんはとっても心の優しい女性です!」
 十一「(孝夫の勢いに驚き)何だよ、いきなり大声で」
 夏代「孝夫さん、もしかしてあなた、秋ちゃんが好きなんじゃない?」
 十一「ええ?そうなのか?おい、どうなんだよ!好きなのか!」
 孝夫「(コクンと頷く)」
 十一「だったらそう言えってんだよ!全くもう、ナヨナヨしやがって」
 夏代「十一さん!」
 十一「うん・・なあ、君も男だったら、自分の気持ちをハッキリ打ち明けろよ。秋ちゃんだって君が好きだんだぜ」
 孝夫「でも・・」
 十一「も〜イライラするヤツだな。いいか、自分が惚れた女は自分で手に入れろ!それが出来なきゃ男なんか辞めちまえ!」
 夏代「私からもお願いするわ。あなたと秋ちゃんなら、きっと上手くいくと思うの」
 孝夫「(決意した顔で)僕も男です!やってみます!(ギコチナイ足取りで去る)」
 夏代「大丈夫かしら・・」
 十一「さあな、なるようにしかならねえさ。それじゃ俺スタジオ行くわ」
 夏代「行ってらっしゃい(十一の後ろ姿を不安げに見送る)」

☆台所
 夏代、夕食の支度をしている。十一帰って来る
 十一「秋ちゃんは?」
 夏代「まだよ。うまくいくといいけど・・」
 十一「ああ・・あ、これ、ガードレール(本を差し出す)」
 夏代「なあに、ガードレールって(受け取る)」
 『ボードレール詩集 愛憎版』の文字
 十一「ハハ、山の写真集見に行ったら偶然あってさ・・さてと、ネガの整理しなくちゃ(出て行く)」
 夏代「(クスッ笑い、本を大事そうに抱える)」

☆シャングリラ
 秋枝、気の抜けたように座っている。
 孝夫「あの・・ママさん」
 秋枝「え?」
 孝夫「ママさん・・いえ、秋枝さん、僕、前から言わなきゃいけないなって思ってて・・お姉さんから秋枝さんの気持ち聞いて・・それであの」
 秋枝「何言ってるんだかわからねえよ」
 孝夫「だから・・僕、あなたの事をずっと前から・・もし秋枝さんも同じ気持ちなら・・」
 秋枝「(察して)コーちゃん・・何言ってるんだよ・・あたしがあんあたと?冗談やめてくれよ」
 孝夫「秋枝さん・・」
 秋枝「あたしは、あんあたの事なんか・・昨日あんあたが見合いして、それであたし・・だからって何も関係ないんだ・・あたしは、あたしは(自分で何を言っているかわからなくなる)」


☆リビング
 信、お膳で新聞を読んでいる。冬子はファッション雑誌をパラパラ見て、あまりは宿題している
 十一と夏代はソファーに座っている
 夏代「遅いわね、秋ちゃん。うまくいったのかしら」
 十一「二人に任せるよりしかねえだろ」
 夏代「でも、あの人頼りない感じだし・・」
 十一「ああいう気の強い女は、力ずくでブチューとやっちまえば、大人しくなるもんさ」
 夏代「それ体験談?」
 十一「え?」
 夏代「確か私の時も、力ずくでブチューだったわよねえ」
 十一「あ、あれは、成り行きでさ・・いいじゃねえか、もう」
 夏代「そうはいかないわ。私にとっては、大事なファーストキスだもん。ねえ、どうなの?」
 十一「忘れた」
 夏代「またあ、さあ白状しなさい」
 十一「やだよ」
 じゃれあう二人
 冬子「(二人を見て)クーラーが効かないはずよねえ」
 信「そうかい?汚れてるのかな。休みの日にでも、フィルターの掃除するか」
 冬子「わかってないんだから」
 信「?」
 バタン!と玄関の開く大きな音がして、秋枝駆け込んでくる
 冬子「どうしたの、秋ねえちゃん」
 十一「おい、何か良いことあったろ?」
 秋枝「うるせい!デェヤー(十一を投げ飛ばす)」
 信「どうしたんだ秋枝!やめなさい(掴み掛ろうとする秋枝を止める)」
 秋枝「余計なことしやがったんだよ!」
 信「何の話?」
 夏代「秋ちゃん、私たち秋ちゃんに幸せになってもらいたくって」
 秋枝「それが余計なお世話だっていうんだよ!」
 信「おい、いったい何の話だね?」
 十一「秋ちゃんと孝夫くんの事ですよ。あ〜いて」
 冬子「孝夫って、シャングリラのバーテンさん?」
 十一「ああ、秋ちゃんと孝夫くんは好き合ってるのさ」
 あまり「どひゃー」
 信「本当なのかね、秋枝?」
 秋枝「そんな事・・あるわけないだろ」
 夏代「秋ちゃん、どうして隠すの」
 十一「自分の気持ちに背中を向けるなんて、君らしくねえぞ」
 夏代「好きなんでしょ?」
 秋枝「あたしの気持ちなんて、誰にもわかりゃしないよ!(顔を歪ませて部屋に駆け込む)」

☆秋枝の部屋
 秋枝ベットの縁に掛け泣いている。十一、夏代入って来る
 夏代「でしゃばった真似してごめんなさい。でもね、ここが境目だと思うのよ。一生後悔するか幸せになれるかどうかの」
 十一「彼は君のこと、ちゃんと判ってくれてるよ。ちょっと頼りねえけど、君を思う気持ちは半端じゃない。だから、もし君が彼を思っているなら、自分に素直になって欲しいんだ。俺たちに出来るのはここまでだ。あとは自分で決めればいい。じゃおやすみ」
 十一、夏代出て行く

☆翌朝、リビング
 十一、夏代、信、冬子、あまり、それとなく秋枝の部屋の方を窺いながら食事している
 秋枝出てくる
 夏代「お、おはよう」
 十一「オッス」
 秋枝、何も言わず出て行く。顔を見合す十一と夏代

☆シャングリラ
 秋枝、煙草を燻らせながら考えている
 孝夫「(モジモジして)あの・・」
 秋枝「え?」
 孝夫「昨日は・・すいませんでした。ヘンなこと言っちゃって」
 秋枝「(立ち上がり背を向け)コーちゃん」
 孝夫「はい・・」
 秋枝「あたしでいいのかい?」
 孝夫「え?」
 秋枝「アネゴと違って美人でもないし、口は悪いし男っぽいし、刀を振り回すしか能の無い女さそんな女でも・・いいのかい?」
 孝夫「あなたは女らしい心を持った女性です。僕にはわかります。だから・・」
 秋枝「(振り返り)コーちゃん・・」
 孝夫「秋枝さん」
 秋枝「(孝夫をしっかり抱きしめる)」
 孝夫「秋枝の胸に顔をうずめる)」

☆居間(昔の十一の部屋)
 十一は酒を飲み、夏代はボードレールの詩集を読んでいる
 十一「それ昨日一度読んだんだろ?」
 夏代「読むたびに味わいが変るのよ」
 十一「そんなもんかね」
 夏代「それにさ、あなたの初めてのプレゼントだもの」
 十一「え?そうだっけ?」
 夏代「そうよ。結婚指輪以外、何も貰ってないもん」
 十一「その分、ハートを送ってるだろ」
 夏代「物より心ってわけ?」
 十一「そうだよ。ボロは着てても心は錦って言うだろ」
 夏代「ちょっと違うんじゃない?」
 十一「あ、そうか。違うか、ハハハ」
 夏代「フフフ」
 ドアにノックの音がして、秋枝入って来る
 夏代「秋ちゃん!帰ってたの」
 十一「で、どうなった?」
 秋枝「(ちょっとテレながら)まあ。春が来たってところかな」
 夏代「秋ちゃん、それじゃ」
 秋枝「色々心配かけてすまなかったね」
 夏代「(微笑み)よかった」
 秋枝「これ美味そうだから買ってきたんだ(スイカの乗った皿をテーブルに置く)」
 十一「うまくやれよ」
 秋枝「ああ、頼りにしてるぜ、兄貴(出て行く)」
 十一「ハハ、美味そう(スイカを食べる)」
 夏代「なんか急に女らしくなったみたい」
 十一「女は男で変るのさ。プ、プ、プ(種を吐き出す)」
 夏代「ちょっと、こっちに飛ばさないで!」
 十一「ブーブー言うなよ」
 夏代「もうー、世話ばっかりかけるんだから!」
 十一「甘いムードもどこへやらか・・・わかんねえなあ、女心とスイカの種って」

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