第42話「新宿しだれ柳」 放映日:1974年9月11日(水) 脚本:てつまにあ
☆玄関ホール
十一、2階から降りて来て靴を履く
夏代「(出て来て)はい、お弁当」
十一「(受け取り)じゃ、行ってくる」
夏代「忘れないでよ、今夜」
十一「何を?」
夏代「花火大会。一緒に行くって、約束したじゃない」
十一「そうだっけ?」
夏代「昨夜、何度も念押したでしょ!」
十一「そう、怒るなよ」
夏代「いいわよ、もう。どうせ行きたくないんだから」
十一「そんな事ねえって。行くよ、行けばいいだろ」
夏代「イヤそうに言うじゃない?」
十一「ち、違うよ。お前と一緒なら、墓場だって楽しいだろうな、そう思ってんだ、ハハ(作り笑い)」
夏代「何だか、顔が引きつってるみたいねえ」
十一「な、何言うんだよ。花火大会だろ?忘れるはずがねえじゃねえか、ハハ」
夏代「まゆつば臭いけど、ま、いいわ」
十一「じゃ、じゃ、行ってくる、ハハ、ハハ」
夏代「うんとオメカシするから、早く帰って来てよ」
十一「うんうん(大袈裟な口調で)どんなオメカシかなあ、楽しみだなあ(出て行く)」
夏代「フン、わざとらしい。トンチキ、べー(舌を出す)」
―オープニング―
☆「週刊文朝」編集部
机で写真を見ている編集長、その前に神妙な顔つきで立っている十一
編集長「(写真を置き)使えないな」
十一「どうしてですか?」
編集長「グラビアを頼んだ時、言ったはずだよ」
十一「はあ」
編集長「僕はね、週刊ドリームのケバケバしい写真を見て、夜の新宿のドクドクしさを表現出来るのはコイツしかない!そう思って無名の君を抜擢したんだ。それがなんだい?こんな、お子様ランチみたいな写真撮ってきやがって」
十一「でもですね、遠くに見えるネオンと、寂れた裏通りの人並み、この対比で新宿のもの悲しさというか・・」
編集長「そんな写真は掃いて捨てるほどあるんだよ。それに、そういう企画なら、一流のカメラマンに頼むさ」
十一「(奥歯を噛む)」
編集長「君の荒削りさと、新宿のドクドクしさが組み合わさった時、きっと面白い物が出来る」
十一「・・・」
編集長「まあ、うちのような一流相手じゃ、力むのも無理ないな。もう一度チャンスをやるから、今度は決めて来い!」
十一「(憮然とした顔で頭を下げる)」
☆焼き鳥屋
十一とゲン、並んで座っている
厨房では偏屈そうな初老の男―佐々木常蔵が焼き鳥を焼いている
十一「クソッー!あの編集長、言いたいこと言いやがって!(コップの酒をあおる)」
ゲン「先輩、落ち着いて」
十一「いくら一流の週刊誌だからって、あんなに威張ることねえだろ!」
ゲン「僕に当らないで下さいよ」
十一「あの野郎に、俺の写真が判ってたまるかってんだ!」
ゲン「気持ちは判りますけどね。週刊文朝のグラビアなんて、千載一遇のチャンスじゃないですか」
十一「ケッ!」
ゲン「稲葉先生も仰ったでしょ。今は余計な事を考えずに、シャッターを切れって」
十一「判ってるよ!だから夢中でシャッター切ったじゃねえか。それをあの編集長の野郎・・今度会ったらぶん殴って」
大きく腕を振り上げた十一のこぶしが、ノレンをくぐってきた男の鼻先に当りそうになる
男「なんでい!」
男は黒いサングラスをかけ、見るからに柄が悪い
十一「(オドオドして)す、すいません」
常蔵「お客さん相手に、でけえ声出すんじゃねえよ」
男「そうかい、じいさん、ちょっと来な(出て行く)」
常蔵「いきがりやがって(出て行く)」
ゲン「何でしょうね?」
十一「俺が知るかよ!」
十一とゲン、恐る恐る外を覗く
☆横道
常蔵と男、向かい合って立っている
男「で、どんな返事を聞かせてくれるんだい?」
常蔵「テメエ達にやるような銭はねえ」
男「世の中持ちつ持たれつだ。ちーっとばかし用立ててくれりゃ、じいさんの店を守ってやる、そう言ってんだよ」
常蔵「テメエ達に守ってもらうくれえなら、店を閉めら」
男「どうしてもイヤだってのかい?」
常蔵「言うまでもねえ」
男「手荒な事しなくちゃ、わからねえみたいだな(いきなり殴る)」
常蔵「(壁に飛ばされ)ジジイ相手に力自慢かい?お前さん、ロクな死に方しねえよ」
十一「や、やめたまえ!」
男「(振り返り)さっきのあんちゃんか。引っ込んでな」
十一「そ、そんなおじいさんを殴るなんて、ひ、卑怯だぞ」
男「うるせえ!」
十一「ぼ、暴力に訴えるのは、オツムが空っぽな証拠だ!アンポンタン!」
男「おもしれえ、だったらテメエからおねんねさせてやら(十一の方へこぶしを振り上げる)」
十一「(ゲンを前に押し出す)」
ゲン「(男のパンチを顔面に受け)どうして、僕が(気絶する)」
男「今度はお前だ!(こぶしを振り上げる)」
十一「ワー!(そばにあったホウキを振り回す)」
男「テメエ、この野郎(飛び掛って殴りつける)」
十一「イテ!やりやがったな(メチャクチャに腕を振り回す)」
常蔵「やめろ!やめろ!」
歩道の上でもみ合う十一、常蔵、男
☆玄関ホール
夏代、冬子、秋枝、リビングから出て来る
夏代だけ浴衣姿
秋枝「姐御、行かないのかい?」
夏代「もう少し待ってみる」
冬子「帰ってきやしないわよ」
夏代「だけど・・」
秋枝「ま、好きにしたらいいさ」
浴衣の阿万理、2階から降りてくる
秋枝「モタモタしてると終っちゃうぞ」
阿万理「わかってるわよ(ゲタを履く)」
冬子「じゃ、夏姉ちゃん」
夏代「行ってらっしゃい」
秋枝、冬子、阿万理出て行く
☆リビング
夏代、ガッカリしたような顔でお膳の前に座る
夏代「あてにならないんだから」
電話鳴る
夏代「(取って)もしもし・・はい、そうですけど・・ええ?警察?」
☆警察署内
夏代、心配そうな表情で警官の前に座っている
警官「喧嘩の仲裁に入ろうとして、乱闘になったらしいんだがね」
夏代「本当にすいません」
警官「まあ、義を見てせざるはってとこなんだろうが、相手はヤクザもんだからね。無茶せんように、言っておいた」
夏代「ご迷惑かけました(頭を下げる)」
隣室のドアが開き、警官に連れられた十一とゲンが入って来る
十一もゲンも、顔にバンソウ膏を貼っている
警官「あんまり奥さんに心配かけるなよ」
十一「ど、どうも」
☆警察署・玄関前
十一、夏代、ゲン、出て来る
夏代「御免なさいね。巻き添えにしちゃって」
ゲン「いえ、いいんですよ」
夏代「それじゃ、お休みなさい(歩き出す)」
十一「おい!何だ、アイツ(追いかける)」
ゲン「今夜は荒れそう」
☆歩道
夏代、足早に歩いている
十一「(追いかけてきて)どうしたんだよ?」
夏代「今夜は口もききたくないの」
十一「おまわりに聞いたろ?年寄りに暴力振るう奴がいやがってさ」
夏代「・・・」
十一「こりゃいかん、見て見ぬふりなんか男のする事じゃねえ、そう思って止めに入ったらバチーンと」
夏代「今日は早く帰る約束だったでしょ?真っ直ぐ帰ってたらこんな目には合わないの!」
十一「それは・・」
夏代「いっつも口ばっかりなんだから」
十一「だからね、これは順序だてて話さないと、こんがらがっちゃうけどさ」
夏代「こんがらがってるのは、アンタの頭!」
☆朝の街
☆玄関ホール
秋枝、リビングから出て来て靴履く
夏代「(台所から出て来て)あら、秋ちゃん」
秋枝「お生憎さま」
十一、2階から降りてくる
秋枝「お待ちかねだよ」
十一「(靴を履く)」
夏代「(紙袋を差し出す)」
十一「(受け取って、出て行く)」
夏代「(台所へ)」
秋枝「冷戦の真っ最中か」
☆焼き鳥屋
常蔵、右手に包帯を巻いている。不自由そうな手つきで、鶏肉を串に刺している
肉じゃがを作りながら、横で心配そうに見ている常蔵の女房・さだ
十一「(入って来て)こんちわ」
常蔵「おう、お前さんか。昨夜はすまなかったな」
十一「どうってことねえよ。それより親父さんの方は大丈夫なのかい?」
常蔵「あんなの蚊にさされたようなもんだ」
十一「強がり言いやがって」
さだ「昨夜はご迷惑かけて。本当に有難うございました」
十一「いえ。あの、奥さんですか?」
常蔵「そんな上等なもんじゃねえ。トウのたった古漬けだよ」
さだ「お初にお目にかかります。主人がいつもお世話になりまして」
十一「あ、どうも、こちらこそ」
常蔵「俺はこいつの世話になったこたあ、一度だってねえ」
さだ「何言うんだい。昨夜だって、この人がいなけりゃ」
常蔵「何だと?」
十一「まあまあ。こうやって夫婦揃って店やってるんだから、仲良くさ」
常蔵「店は俺一人でやってんだ。こいつには関係ねえ」
さだ「そんな手で出来るわけないだろ」
常蔵「うるせえ。黙ってろ」
もどかしい手つきで串を刺し続ける常蔵
☆リビング
食事している面々
十一の茶碗だけ伏せられている
冬子「今日も遅いみたいね」
秋枝「また何かやらかしたかな」
夏代「いいから、黙って食べなさいよ」
☆焼き鳥屋
客で混みあっている店内
常蔵とさだ、忙しそうに立ち働いている
十一「(端の方で飲みながら、心配そうに見ている)」
客A「ビールおかわり!」
さだ「はい(冷蔵庫を開けようとして、フラッとなる)」
常蔵「(支えて)言わないこっちゃねえ、早く家に帰れ」
さだ「大丈夫ですよ」
常蔵「無理するな」
さだ「だって・・」
十一「俺が手伝う」
常蔵「え?」
十一「奥さんはここに座って(椅子に座らせ)ビールおかわりでしたね?(冷蔵庫から出して)へいお待ち」
常蔵「お前・・おい、3番さんに焼き鳥」
十一「へ〜い(皿を置き)お銚子2本追加!」
常蔵「はいよ」
☆玄関ホール
真っ暗闇、音を立てずに玄関が開き、十一がそっと入って来る
☆寝室
真っ暗闇
十一、素早くパジャマに着替え、静かにベッドに入る
十一「(隣りの夏代を窺う)」
夏代「(背中を向け寝ている)」
十一「(ホッした顔で布団に潜り込む)」
夏代「遅かったわね」
十一「(驚いて)お、起きてたのか」
夏代「こんな時間まで、何してたのよ」
十一「だ、だから、週刊文朝の仕事で、夜の新宿をさ」
夏代「そう」
十一「寂しかったか?ごめんな(手を伸ばす)」
夏代「(手を払い)さっさと寝て」
十一「うん」
☆翌日・焼き鳥屋
十一、不器用な手つきで鶏肉を串に刺している
常蔵「何だ、こりゃ」
十一「ええ?」
常蔵「真っ直ぐ刺せって言ったろ?こんなよろけちまいやがって、お前の性格そのまんまだな」
十一「何だよ、ちゃんとやってるじゃねえか」
常蔵「お前、顔だけじゃなくて目も悪いみてえだな」
十一「チェッ」
扉が開き、客が入って来る
常蔵「いらっしゃい」
客A「おや、今日は親子で営業かい?」
常蔵「こんな不器用な奴が、俺のセガレのはずはねえだろ」
十一「それはこっちの言う台詞だよ」
客B「ハハハ、喧嘩するほど仲が良いか」
十一「そうじゃないんですよ、ほんとにこの親父とはですね」
常蔵「つまんねえ事喋ってるヒマがあったら、鍋でもかき回してろ」
十一「判りましたよ!」
扉が開き、客―原田が入って来る
十一「いらっしゃい」
常蔵「おう、久しぶりだな」
原田「大変だったらしいね、ビックリしたよ」
常蔵「どうって事ねえよ。ビールでいいか?」
原田「ああ。怪我したって聞いたから、てっきりさださんが手伝ってるのかと思ったが・・バイトかい?」
常蔵「まあ、そんなもんだ」
原田「さださんは?」
常蔵「家で寝てる。最近とみに弱くなっちまってな」
原田「そうか」
常蔵「それで今日は何だい?見舞いにでも来たのか?」
原田「仕事の話なんだ」
常蔵「仕事?」
原田「ああ、来月の花火大会、手伝って貰おうかと思ってさ」
常蔵「そんな話なら、帰ってくれ」
原田「常さん」
常蔵「帰れったら帰れ!」
十一「親父さん!」
客A「あ、あの、お勘定」
十一「はい、え〜と、2300円です。有難うございました」
客A、B出て行く
十一「ビックリして、お客さん帰っちゃったじゃないか」
常蔵「うるせえ」
原田「なあ、常さん、力貸してくれよ」
常蔵「カビの生えた人間に、今さら何を借りようってんだ」
原田「常さんの“しだれ柳”が加われば、花火大会もぐっと盛り上がるんだよ」
常蔵「・・・」
十一「あの、花火って何ですか?」
原田「常さんの店で働いてるのに、そんな事も知らないのか」
十一「ええ、まあ」
原田「常さんは、地元じゃ有名な花火師なのさ」
十一「花火師・・」
原田「村の花火大会じゃ、いつも常さんの“しだれ柳”がトリだった」
十一「へえ・・それが何で焼き鳥屋に?」
常蔵「余計な事に口出すな!」
原田「前を向いてる客を喜ばすのは誰にでも出来る、そっぽを向いてる客を喜ばすのが職人だ。そう言ったのは、常さんだよな」
常蔵「それがどうした」
原田「“しだれ柳”に喜ばなかったからって、客を見放すのはお門違いじゃないのかい?」
常蔵「なに?」
原田「それにさ、喜ばない客がいたら、自分の技量で喜ばすようにすんのが、職人ってもんじゃないか」
常蔵「もう時代遅れなのさ。あんたの言う、自分の技量って奴がよ」
原田「そうかな。じゃあ聞くけど、しだれ柳は一分の隙もない完成品かい?」
常蔵「冗談じゃねえ。打ち上げるたんびに、ああすりゃ良かった、こうすりゃ良かったと、歯噛みしてたよ」
原田「それなら、何故完成させないんだ?」
常蔵「そりゃお前・・」
原田「100%の完成品ならともかく、未完成な代物がそっぽ向かれたからって放り出すのは、逃げてるのと同じだろ?」
常蔵「なに?」
原田「70%の物がそっぽ向かれたら、80%の物を作ればいいじゃないか。80%がダメなら90%、90%がダメなら95%の物を作る。それが職人だろ?違うかい?」
常蔵「・・・」
十一「親父さん、この人の言う通りだよ。自分が目一杯踏ん張らないくせに、客を見捨てるなんて卑怯だよ」
常蔵「お前に何が判る」
十一「だけど・・」
常蔵「うるせえ!今日は店は仕舞いだ、二人ともとっとと帰れ!」
十一と原田、顔を見合わせる
☆寝室
夏代、テーブルの前で雑誌を読んでいる
玄関の開く音がして、階段を登ってくる足音がする
夏代「(時計を見る)」
12時を回っている
十一「(入って来て)あ、ただいま」
夏代「今夜も新宿でお仕事?」
十一「え?ま、まあ」
夏代「やけに熱心ねえ」
十一「仕事だもん、当たり前じゃねえか」
夏代「仕事ねえ、他に理由があるんじゃないの?」
十一「妙な言い方すんなよ」
夏代「何で視線そらすの?」
十一「疲れて帰って来た時に、つまんねえ事言うな。風呂入って来る(出て行く)」
夏代「やっぱりあやしい」
☆朝・リビング
食事している面々
秋枝「最近、やけに帰りが遅いじゃないか」
十一「へ?ああ、し、仕事でね」
冬子「夜中に仕事?へえ〜、そう」
秋枝「何してるんだか」
十一「ヘンな事言うなよ。あのね、夜の新宿ってテーマでグラビア頼まれたの、週刊文朝から」
信「ほお、それはすごいね」
十一「どうって事はないですがね。まあ、ようやく僕の実力に世間が気づいたって事でしょうな、ハハハ」
信「そうか、良かったなあ、夏代」
夏代「ええ、まあ」
十一「我が家の生活は、僕がガッシリと支えますから、どうぞご安心下さい、ガハハハ」
信「頼もしいねえ、ハハハ」
夏代、秋枝、冬子、顔を見合わせる
☆焼き鳥屋前の歩道
十一、歩いて来て扉に手をかけるが、鍵が閉まっている
十一「あれ?どうしたのかな」
声「今日は休みだよ」
十一「(振り返る)」
隣りのそば屋の前に、前掛け姿の主人が立っている
十一「親父さんは?」
そば屋「病院行ったよ」
十一「え?まさか、あのチンピラに・・」
そば屋「そうじゃない。奥さんが倒れたらしいよ」
十一「ええ!で、病院は?」
☆病室
青い顔で寝ているさだ、枕元で心配そうに見ている常蔵
十一、飛び込んでくる
十一「親父さん!」
常蔵「お前、どうしてここへ?」
十一「そば屋に聞いたんだ。それより、奥さんどうなんだい?」
常蔵「大したこたあねえ。疲れが溜まったんだろ」
十一「そう、良かった」
常蔵「わざわざ見舞いに来てくれてすまねえな」
十一「水くさい事言うなよ」
常蔵「もう大丈夫だ。一緒に帰ろう」
十一「帰るって、奥さん放っておくのかよ?」
常蔵「あとは医者に任すしかねえだろ」
十一「だって」
常蔵「グダグダ言ってねえで、さっさと行け。そろそろ店を開ける時間だ」
十一「こんな時に店もヘチマもねえだろ。奥さんのそばに居てやれよ」
常蔵「そんなに心配なら、お前が居ればいいじゃねえか(出て行く)」
十一「親父さん!(後を追う)」
☆シャングリラ店内
夏代と秋枝、テーブルに向かい合って座っている
夏代「この2、3日、何かおかしいの」
秋枝「おかしいのは前からだろ」
夏代「いつもと少し違うのよ。昨夜だって、ヘンな態度だったし」
秋枝「ふ〜ん」
夏代「ねえ、何だと思う?」
秋枝「まあ、普通に考えればアレだろうね」
夏代「アレって?」
秋枝「おんな」
夏代「あの人に、そんな器用な真似が出来るかしら」
秋枝「アイツだって男さ。何があっても不思議じゃないよ」
夏代「そうかな・・」
秋枝「問題は相手がどんな女かって事。心当たりないのかい?」
夏代「心当たりねえ・・そうだ(立ち上がって電話を取る)」
☆池プロ
電話が鳴る
ゲン「(取って)はい、池プロです・・ああ、夏代さん。先日は失礼しました・・え!先輩におんな?まさか。ええ・・はあ、何かの間違いじゃないですか?夏代さんにベタ惚れの先輩が、そんな事するはずないですよ」
☆シャングリラ店内
夏代「(電話に)そうだといいけど」
ゲン「(声)ひょっとして、あれかな」
夏代「あれって?・・え?焼き鳥屋?場所はどこなの?・・ええ、ええ、判ったわ。有難う(電話切る)」
秋枝「アイツ、焼き鳥屋の女主人に手出したのかい?」
夏代「何だかよく判らないのよ。とにかく、その店に行ってみるわ」
秋枝「私も行くよ」
☆焼き鳥屋前の歩道
夏代と秋枝、歩いて来る
夏代「ここだわ」
秋枝「あんまりパッとしない店だな」
☆焼き鳥屋
客は3人ほど、厨房で忙しそうに立ち働いている十一と常蔵
扉が開き、夏代と秋枝が入って来る
十一「いらっしゃい。お二人さん、こちらへどうぞ(気づいて)お、お前」
夏代「焼き鳥屋の手伝いも仕事のうち?」
☆夜の街
☆焼き鳥屋
皿やコップを片付けている十一
夏代と秋枝以外、客の姿は無い
夏代「何で話さなかったのよ」
秋枝「ちょっと説明すりゃ、済む事だろ」
十一「男はな、女みたいにベラベラ喋らねえの」
夏代「何さ、人の気も知らないで」
十一「お前、そんなに俺が信用できねえのか?」
秋枝「バカだね。惚れてるから心配すんだよ。この二、三日、ご飯も喉を通らなかったんだから。なあ、姐御」
十一「へえ〜」
夏代「冗談じゃないわ」
十一「へへへ、無理すんなって」
夏代「トンチキ」
十一「ヒヒヒ」
夏代「バーカ」
秋枝「その先は、家でやってくれよ。とにかく何も無くてめでたし、めでたしだな。馬鹿馬鹿しい」
十一「だったら、さっさと帰れよ。忙しいんだから」
常蔵「(焼き鳥の皿を出し)折角来たんだ。ゆっくりしてったらいい」
秋枝「そうだね、じゃビール」
十一「ちゃんと金払えよ」
常蔵「今日は俺の奢りだ」
秋枝「親父さん、話が判るねえ。トンチキとはえらい違いだ」
十一「ケッ!」
常蔵「それにしても、お前のカミサンがこんな美人とはな。どうやって騙したんだい?」
十一「失礼だな。俺と一緒になれなきゃ死んじゃうって言うから、仕方なく結婚したんだよ」
秋枝「それは初耳だねえ」
夏代「私も」
十一「うるせえな、それ食ったらとっとと帰れ」
秋枝「今夜も手伝いかい?」
十一「あたりめえだ」
秋枝「そんな事してるヒマ、ないんじゃなかな」
十一「何で?」
夏代「夕方、週刊文朝の編集長から電話があったわよ。間に合うのかって」
十一「くそ編集長・・いいんだよ、あんな仕事」
常蔵「バカヤロウ!テメエはプロの写真屋だろ。途中で尻尾を巻くような真似するんじゃねえ」
十一「親父さん」
常蔵「お前、原田が来た時、俺に講釈垂れたじゃねえか。自分が踏ん張らねえくせに、客を見放すのは卑怯だって」
十一「それは・・」
常蔵「お前の踏ん張り時は今だろ?違うか?」
十一「・・・」
常蔵「自分の頭のハエも追えねえくせに、偉そうな事言うんじゃねえよ」
十一「だけど、俺が居なくなったらこの店・・」
常蔵「もともと一人でやってたんだ。余計な心配するな」
十一「無理だよ、手も治ってないのに。それに奥さんの事だって」
常蔵「いいから自分の仕事に精出しな。明日来やがったら、ぶっ飛ばすぞ」
十一「親父さん・・」
夏代「じゃ、私が手伝う」
十一「え?家の方はどうすんだよ?」
夏代「大丈夫、秋ちゃんやフー子もいるし」
十一「でもさ」
夏代「私が手伝えば、あなたも仕事に専念できるし、この店も営業できるでしょ?」
十一「そりゃそうだけど」
夏代「仕事が終ったら、またあなたが手伝えばいいじゃない。ね?」
十一「うん、でも親父さんが・・」
夏代「おじさん、私にお手伝いさせて下さい」
常蔵「お節介な夫婦だな・・ま、好きにしな」
夏代「(十一に)エプロン貸して」
十一「(手渡す)」
夏代「(エプロンをつけて)それじゃ、よろしくお願いします」
常蔵「(十一に)お前、女を見る目だけはいいようだな」
十一「(照れ臭そうに、指で鼻をこする)」
☆リビング
信、冬子、阿万理、カレーを食べている
信「なるほど、それで夏代が手伝いに・・」
秋枝「そういうこと」
阿万理「だから夕飯はカレーなのね」
秋枝「なんで?」
阿万理「秋姉ちゃんが出来る料理は、カレーだけだもん」
秋枝「チビは黙ってな」
冬子「でもさ、何も夏姉ちゃんまで行く事ないじゃない」
秋枝「しようがないだろ、そういうタチなんだから」
冬子「お節介もいいとこね」
秋枝「心配ごとが消えたから、張り切ってんのさ」
冬子「ふ〜ん、ヘンな夫婦」
秋枝「ホント」
☆夜・新宿の街
街角でシャッターを切っている十一
☆焼き鳥屋
厨房で働いている夏代と常蔵
扉が開き、客が入って来る
常蔵「いらっしゃい」
客A「お、今日は凄い美人がいるじゃないか」
客B「今夜の酒は、一段と美味そうだな」
夏代「(ビールを出す)」
客A「名前は何て言うの?」
夏代「夏代です」
客B「名前もいいね」
客A「いくつ?親父さんとは、どういう関係?」
夏代「ええ、あの」
常蔵「よさねえか。この人は亭主持ちだぞ」
客A「結婚してるの?なんだ」
常蔵「たとえ独り身だって、お前さんなんか相手にしねえよ」
客A「相変らずだねえ」
客B「こんな美人がいれば、大繁盛間違いなしだ、ハハハ」
☆深夜の歩道
十一と夏代、並んで歩いている
夏代「あのおじさん、花火の名人なんでしょ?何で焼き鳥屋なんかやってるのかしら」
十一「詳しい事は知らねえけど、親方と喧嘩して村を飛び出たらしい」
夏代「ふ〜ん」
十一「バカなジジイだ」
夏代「フフフ」
十一「何だよ、気持ち悪い」
夏代「あのおじさん、何となくあなたに似てない?」
十一「バカヤロウ、あんな偏屈ジジイと、どこが似てるんだよ」
夏代「淋しがり屋のくせに強がってみせたり、嬉しいくせに素直に喜べなかったり。見れば見るほど、そっくり」
十一「全然違うよ!」
夏代「似てるから放っておけないのね」
十一「似てねえって!お前、これだけ一緒にいても、まだ俺の事がわかってねえようだな」
夏代「わかってるわよ。1から10まで、ぜ〜んぶ」
十一「ヘッ!勝手にしろ」
夏代「(腕を組む)」
十一と夏代、並んで歩いて行く
☆病室
寝ているさだ、枕元に座っている常蔵
常蔵「あと4、5日で、退院出来るそうだ」
さだ「すまないね、心配かけて」
常蔵「水くせえ事言うな」
ドアにノックの音がして、紙袋を下げた夏代が入って来る
常蔵「悪かったな、用なんか頼んだりして」
夏代「いえ、いいんです(紙袋を渡す)」
常蔵「女物の着替えなんて、判らねえからな、ハハハ」
さだ「こちらは?」
常蔵「さっき話したろ。アイツのカミサンだ」
夏代「夏代です。お体の具合どうですか?」
さだ「おかげさんで、だいぶ良くなりました」
夏代「そうですか(微笑む)」
さだ「すいませんね。あなた達にまで、ご迷惑かけて」
夏代「遠慮しないで下さい」
さだ「あなたも大場さんも、本当に気持ちが暖かくって・・良いご夫婦ね」
夏代「そんな(はにかむ)」
常蔵「こんな美人、アイツには勿体ねえや、ハハハ」
☆焼き鳥屋
夏代と常蔵、下ごしらえをしている
扉が開き、十一が入って来る
常蔵「何しに来やがった?まさか放り出してきたわけじゃねえだろうな?」
十一「編集長に会って来た」
夏代「それで、どうだったの?」
十一「あのクソ編集長、俺が欲しかったのは、こういう写真だって言いやがった」
夏代「それじゃ」
十一「ああ、採用決定だ」
夏代「そう(嬉しそうに微笑む)」
常蔵「良かったな、さ、祝い酒だ(ビールを注ぐ)」
十一「有難う。親父さんのおかげだよ」
常蔵「バカ言うねえ。俺が何したってんだ」
十一「親父さんにケツ叩かれたから、目一杯踏ん張れたんだ。本当に有難う」
常蔵「柄にもねえ事言うなよ」
十一「本当にそう思ってんだ」
常蔵「よせやい、気色の悪い」
十一「仕事も片ついたし、今夜から俺が手伝う。いいだろ?」
常蔵「好きにしやがれ」
十一「(夏代に)後は俺がやるから、お前は帰っていいよ」
夏代「もう少しで、下ごしらえ終るから」
十一「そうか、じゃ、焼き鳥作る」
夏代「お願い」
常蔵「妙な夫婦だな、お前さん達」
扉が開き、原田が入って来る
常蔵「もう用はねえはずだぞ」
原田「この前は言い過ぎたよ。謝る」
常蔵「フン!」
原田「謝った上で、もう一度頼む。常さん、力貸してくれ」
常蔵「俺の返事は変わらねえ」
原田「あんた、このまま逃げるつもりか?」
常蔵「なんだと?」
原田「ひと昔まえだったら、皆の目を俺の花火に向けてやるって、いきまいてたはずだろ?あん時の気持ちはどこいっちまったんだ?」
常蔵「そんなもん、とっくに枯れちまったよ」
原田「このままじゃ、奥さんが可哀想じゃないか。故郷の綺麗な空気を吸えば、体も良くなるかもしれないし」
常蔵「余計なお世話だ」
原田「あんただって、しだれ柳を完成させたいと思ってんだろ?」
常蔵「・・・」
原田「だったら、そう意固地になるなよ」
常蔵「うるせえや」
十一「親父さん、逃げるのかよ」
常蔵「お前は黙ってろ」
十一「俺に言ったじゃねえか。プロなら途中で投げ出すなって。親父さんも職人なら、卑怯な真似すんなよ」
常蔵「お前みたいな若造に、何が判るってんだ」
十一「俺さ、俺の写真を判らない編集長なんか、相手にするもんかって思ってた。でも、親父さんに言われて
気づいたんだ。そういう奴の目を向けさせるのが、本当のプロなんだなって」
常蔵「・・・」
十一「だから、親父さんに見せて欲しいんだよ。本当の職人は、こういうもんだって」
原田「彼の言う通りだ。職人の意地って奴を、もう一度見せてくれよ。な、常さん」
扉が開き、客が入って来る
客C「まだ早かったかな?」
常蔵「とんでもねえ。さ、どうぞ」
十一「親父さん」
常蔵「お客さんだ、さっさとしねえか」
☆夜の街
ネオンがきらめき、人並みが行き交う
☆焼き鳥屋
客で立て込んでいる店内、不機嫌な顔で焼き鳥を焼いている常蔵
立ち働きながら、横目で見ている十一と夏代
客D「それじゃ、そろそろ行くか」
客F「今夜もツケでいいかい?」
常蔵「すまねえな。今夜からツケは勘弁してもらいてえんだ」
客D「どうしたんだい、急に」
常蔵「今月で店閉めるもんでね」
客F「え?本当かい?」
常蔵「ああ、体の方もきつくなってきたし、故郷(くに)へ帰ろうと思ってな」
客D「そうか・・じゃあ閉店まで、せいぜい寄せてもらうよ」
客D、F、勘定を払って出て行く
十一「親父さん、判ってくれたんだね」
常蔵「ばかやろう、お前に言われたからじゃねえや」
十一「何でもいいよ。その気になってくれたんならさ、ハハハ」
常蔵「うるせえ野郎だな。無駄口たたいてるヒマがあったら、鍋でもかき回せ。焦げくせえぞ」
十一「あ、いけね(かき回す)今月いっぱい、うんと稼がなくちゃ、ハハハ」
夏代「そうね、頑張らなきゃ」
常蔵「おかしな連中だな、全く」
☆半月後
☆焼き鳥屋
張り紙「長らくのご贔屓、まことに有難うございました。店主」
☆上野駅・東北本線ホーム
よそいき姿の常蔵とさだ、ボックス席に座っている
見送りに来ている十一と夏代、窓を挟んで向かい合っている4人
夏代「列車の中でどうぞ(冷凍みかんとお茶を手渡す)」
さだ「有難うございます」
十一「親父さん、元気でな」
常蔵「お前もな。カミサン泣かすなよ」
十一「その言葉、そっくりノシ付けて返す」
常蔵「相変らず、口の達者な野郎だ」
発車のベルが鳴る
十一「親父さん(手を差し出す)」
常蔵「(手を握り)縁があったら、また会おうや」
十一「ああ」
ゆっくり走り出す列車
十一と夏代、追うように歩き出す
常蔵「今まで言うヒマ無かったが」
十一「何だい?」
常蔵「俺は、お前みてえな・・」
「ファーン」列車の警笛が大きく響く
十一「何だよ?聞こえねえよ」
スピードを上げる列車
十一「(走りながら)何て言ったんだよ!」
窓から手を振っている常蔵とさだ
十一「(走りながら)もう一度言ってくれよ!親父さん!」
アッという間に遠ざかっていく列車
十一、ホームの端でポツンと立ち尽くす
十一「バカヤロウ」
夏代「(後ろから近づき、そっと手を握る)」
線路の彼方を見つめる二人
☆夕焼け空
☆台所(数日後)
夏代、後片付けをしている
秋枝「(入って来て)姐御、手紙来てたよ」
夏代「(受け取り)あら、おじさんからだわ」
秋枝「おじさんて、例の焼き鳥屋?」
夏代「そう」
十一「(声)ただいま」
☆居間
十一、入って来る
テーブルの前に座り、バッグからカメラやレンズを取り出す
夏代「(入って来て)お帰りなさい」
十一「ああ」
夏代「(隣りに座り)手紙来てるわよ」
十一「誰から?」
夏代「焼き鳥屋のおじさん(手渡す)」
十一「ええ?(封を開け)何々・・“その節は大変お世話になりました。おかげ様で、女房の具合も良くなりました”」
夏代「良かったわね」
十一「“お二人のご恩は生涯忘れません”・・大袈裟な事言いやがって」
夏代「いいから続き」
十一「“いつも二人で、あなた様方の話をしております。こちらへも、ぜひ御出で下さい。それではお元気で”」
夏代「どんな所なのかしら?行ってみたいな」
十一「そうだな・・(封筒を見て)まだ何かある(取り出す)」
花火を写した2枚のカラー写真
十一「(裏を見て)“しだれ柳、河原にて写す”」
夏代「おじさんの花火ね」
十一「ああ・・(考えて)そうだ、いい事思いついた」
夏代「なに?」
☆夜空
☆居間
真っ暗な室内
窓ガラスに貼ってある花火の写真
十一と夏代、窓の前に座って写真を見上げている
「パン、パン」(花火の音・SE)
☆イメージ
夜空に広がる、常蔵のしだれ柳
☆多摩川の土手(二人のイメージ)
並んで座っている十一と夏代
花火に照らされている二人の顔
「パーン、パーン」(花火の音・SE)
夜空一面に広がるしだれ柳
微笑みあい、寄り添う十一と夏代
―おわり―