第43話「センチな心は夕焼け色」 放映日:1974年9月25日(水) 脚本:てつまにあ

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☆青木家・台所
 青木、トーストとコーヒーで朝食を取っている
 春子、ガウン姿で入って来る
  青木「起きてこなくてもいいのに」
  春子「ごめんなさいね」
  青木「少しは良くなったんですか?」
  春子「まだムカムカするわ、オエッ(口を抑え洗面所に駆け込む)」

☆洗面所
 春子、洗面台に屈みこんでいる
  春子「オエッ」
  青木「(背中をさすり)病院に行った方がいいですよ」
  春子「ええ、そうするわ、オエッ」

☆栗山家・リビング
 食事している面々。夏代、青い顔をしている
  信「冬子、最近少し帰りが遅いようだな」
  冬子「そうかしら」
  秋枝「またヘンな男に引っ掛かってんじゃないか」
  冬子「失礼ね」
  信「とにかく、若い娘が夜出歩くなんて、ロクな事にならん。もっと早く帰ってきなさい」
  冬子「(何も答えずに、黙々と食べる)」
  十一「おい、大丈夫か?」
  夏代「ええ」
  秋枝「どうしたんだい?」
  夏代「ちょっと気分が悪くて」
  十一「ちょっとどころじゃねえよ。昨夜からゲーゲーしやがってさ」
  信「何か悪い物でも食べたのかねえ」
  秋枝「ひょっとしたらアレかも」
  阿万理「アレって?」
  秋枝「おめでた」
  十一「ま、まさか」
  秋枝「だって、そろそろ出来たっておかしくないだろ」
  十一「(指を折って)そりゃまあ」
  信「そ、そうか。夏代に赤ちゃんか、ハハハ。で、何を揃えたらいいかね?産着とか哺乳瓶とか」
  秋枝「親父、落ち着きなよ。まだ決ったわけじゃないんだから」
  信「いやあ、間違いないよ。おめでとう、十一君」
  十一「は?いや、そのつもりで頑張ったわけじゃないし、ハハハ」
  信「これで私もお爺ちゃんか、ハハハ」
  十一「すると俺は親父ってわけか、ハハハ」
  夏代「早合点しないでよ」
  十一「いや、絶対そうさ。よーし、お前と子供の為にやるぞー!」
―オープニング―

☆スタジオ居間
 十一、鼻歌を歌いながら写真をチェックしている
  十一「何て呼ばせるかな・・パパ・・ダディ・・父上・・」
 チャイムが鳴り、ゲン入って来る
  ゲン「こんにちわ」
  十一「お父さん・・父ちゃん・・おとっつあーん」
  ゲン「先輩!先輩!」
  十一「うん?ああ、お前か」
  ゲン「今度は何なんですか?」
  十一「そうだ、お前、お祝いの用意しとけよ」
  ゲン「お祝い?結婚祝いはあげたでしょ」
  十一「そうじゃねえんだよ、へへへ」
  ゲン「じゃあ、何なんですか?」
  十一「俺もとうとう、親父になるんだよ。クーフフフ」
  ゲン「親父?じゃ、夏代さん、これですか?(お腹が大きいという手の仕草)」
  十一「ああ、バッチリ命中しちまったんだ。へへへ」
  ゲン「なるほどねえ。で、男ですか?女ですか?」
  十一「バカヤロウ、そんなの判るわけねえだろ」
  ゲン「どっちにしろ、夏代さんに似る事をお祈りしてます」
  十一「ありがとう。あいつ今ごろ病院に行って、へへへ」
  ゲン「またおかしくなってきた」

☆研究室前廊下
 春子、立っている
 青木、研究室から出てくる
  青木「ダメじゃないですか。出歩いたりしちゃ」
  春子「だって、少しでも早く知らせたかったんですもの」
  青木「何をです?」
  春子「これよ(母子手帳を見せる)」
  青木「え?それじゃ」
  春子「3ヶ月ですって」
  青木「春子、ありがとう(抱きしめる)」
  春子「喜んでくれるの?」
  青木「当たり前ですよ。いやあ、これで僕も父親ってわけですね」
  春子「ええ、そうよ」
  青木「春子と子供のために、僕頑張ります」
  春子「あなた」

☆寝室
 夏代、洗濯物を畳んでいる
 十一、喜び勇んで入って来る
  十一「♪わたしぃがパパよ、ハハハ」
  夏代「どうしたの?こんなに早く」
  十一「何してるんだよ。そんなの俺がするから、寝てろよ」
  夏代「いいわよ」
  十一「で、どうだった?男か?女か?」
  夏代「ええ?」
  十一「(バックからガラガラを出し)どっちでもいいように、緑色の買ってきた、ハハハ」
  夏代「何言ってるのよ」
  十一「名前どうしようか?あ、本買ってきて研究するか?で、予定日はいつだ?」
  夏代「やあね、もう、ハハハ」
  十一「笑い事じゃねえだろ。こういう事はちゃ〜んとやらなきゃダメなんだよ」
  夏代「あのね、私は妊娠なんかしてないわよ」
  十一「だって、今朝」
  夏代「あれは秋ちゃんの冗談」
  十一「冗談?でも、お前気分が悪いって」
  夏代「ちょっと暑さ負けしちゃったみたい。でも、もう直ったわ。安心して」
  十一「ええ?何だよ。折角張り切ってたのに」
  夏代「その時は、ちゃんとあなたに言うわよ」
  十一「冗談じゃねえよ、全く。やってられるか、チクショウ(ガラガラを放り投げて、ベットに寝転ぶ)」

☆玄関ホール
 夏代、階段を下りてくる
  夏代「ばかみたい。でも、案外なところがあるわね。フフフ」
 信、いそいそと帰って来る
  信「ああ、夏代(カバンからガラガラを出し)絶対男だと思ってね、青いの買ってきたよ、ハハハ」
  夏代「お父さんまで、ハハハ」
  信「ええ?」

☆リビング
 食事している面々
  信「はあ(溜息)」
  秋枝「親父、しっかりしなよ」
  冬子「無理ないわよ。あんなに張り切ってたんだもん」
  信「何か、急に疲れちゃってねえ」
  秋枝「しょうがないだろ。出来てなかったんだから。スッパリ諦めちまいなよ」
  信「ああ」
  夏代「ねえ、秋刀魚美味しい?」
  十一「(不機嫌そうに)ああ」
  秋枝「なに拗ねてんだよ」
  十一「うるせえ、人をぬか喜びさせやがって」
  秋枝「ほんのジョークだよ」
  十一「ケッ!」
  冬子「だけど、自分の子供が出来るって、そんなに嬉しいものなのかしら」
  信「当たり前じゃないか。冬子が生まれた時の事、今でも覚えてるよ」
  阿万理「私の時も覚えてる?」
  信「え?」
 十一と夏代、顔を見合わせる
  信「もちろん覚えてるさ、ハッキリとね」
  阿万理「ふ〜ん」
  信「春子も夏代も秋枝も、全部覚えてるさ、あんなに嬉しいことは、そうはないからね」
  阿万理「じゃあ、お父さんは5回喜んだってわけか」
  信「そうだな・・その喜びがあるから、いくつになっても子供が心配なんだよ。なあ、十一君」
  十一「はあ(目を伏せる)」
 電話が鳴る
  信「(立ち上がって取る)もしもし・・ああ、春子か。なんだい?」

☆青木家・リビング
  春子「明日、大事なお話でお邪魔しようかと思って」

☆リビング
  信「大事な話?なんだね?」

☆青木家・リビング
  春子「お邪魔してから話すわ。明日、日曜日でしょ。ちゃんと頭数揃えておいてちょうだい」

☆リビング
  信「ああ、判ったよ。それで・・(電話切れる)なんだろうな」
  秋枝「どうせろくな話じゃないよ」
  冬子「お金でもせびりに来るんじゃない?」
  信「(座って)まさか」
  冬子「ま、大した話じゃないわよ」
  夏代「青木さんも一緒かしら?」
  信「さあな、一方的に話して切ってしまったからねえ」
  秋枝「勝手だな、相変らず」

☆朝・小田急線線路

☆洗面所
 十一、欠伸しながら入って来る
  十一「くそー、休みだってのに叩き起しやがって」
 夏代、タオルを持って入って来る
  夏代「何よ、情けない顔して」
  十一「しょうがねえだろ、早く起こされたもんだから、ボーっとして(歯を磨く)」
  夏代「いつもそうじゃない」
  十一「ひでえ事言いやがる(口をゆすぐ)」
  夏代「ちょっとやだ」
  十一「バカヤロウ、ヘンな声出すから飲んじまったじゃねえか」
  夏代「このシャツ洗おうと思ってたのに」
  十一「いいだろ、俺が何を着ようが」
  夏代「だめよ、早く脱いで」
  十一「ったくもう(脱ぐ)」

☆リビング
 秋枝、冬子、あまり、信、食事している
 十一、上半身裸で入って来て座る
  秋枝「何だよ、その格好」
  冬子「失礼ね、レディの前で」
  十一「しょうがねえだろ、へ、へ、ヘックション」
  秋枝「その辺にある新聞でも引っかぶってろ」
  十一「へへ、男の裸が気になるか?」
  秋枝「バカヤロウ」
  冬子「そんなの見て喜ぶのは、夏姉ちゃんだけよ」
 夏代、着替えのシャツを持って入って来る
  夏代「早く着て」
  十一「(着て)ごめんよ」
  夏代「何が?」
  十一「お前以外の女に、俺の裸を見しちまった」
  夏代「いいわよ、そんな事」
  十一「今晩たっぷり見せてやるから、我慢しろよ」
  冬子「んん(咳払い)」
  秋枝「露骨な発言は慎めって言ったろ」
  十一「こういう話はおヒスな連中には、刺激が強すぎるか」
  秋枝「テメエ、多摩川に浮かべてやろうか」
  信「まあまあ」
  十一「(味噌汁を飲んで)う〜ん、うまい」
  信「さ、秋枝も食べなさい」
  十一「料理の上手な女房がいると幸せだよなあ。チャンバラじゃクソの役にも立たねえけど」
  秋枝「フー子、刀持って来い!切り刻んでやる!」
  夏代「秋ちゃん!」
  信「ちょっと、落ち着きなさいよ」
 玄関にチャイムの音
  夏代「マリー、見てきて」
  あまり「(出て行く)」

☆玄関ホール
 青木と春子、入って来る
  あまり「もう来たの?」
  春子「みんな何してるの?」
  あまり「ご飯食べてる」
  春子「丁度良かった。朝ご飯食べて来なくて正解だったわ。さ、あなた」
  青木「はい」
 青木に支えられながら、春子はリビングへ

☆リビング
 春子と青木、入って来る
  夏代「随分早いのね?」
  春子「まごまごしてたら、出かけられちゃうでしょ」
  冬子「よく判るわね」
  春子「あんた達の事だから、逃げ出すに決ってるじゃないの(座る)」
  信「朝ご飯は?」
  青木「まだです」
  春子「どうせなら、こっちで頂こうと思って」
  冬子「図々しい」
  秋枝「余計な奴にやるメシなんてねえんだよ!」
  春子「何よ、そんなにいきり立って」
  十一「すいません、お姉さん。今おヒスの真っ最中でして」
  秋枝「好い気になるなんじゃねえよ、ぬけ作が!」
  十一「何だと!」
  秋枝「表に出ろ!(立ち上がる)」
  十一「面白い、やったろうじゃねえか(立ち上がる)」
  夏代「(立ち上がり)ちょっと、二人ともやめなさいよ」
  信「秋枝、話せば判るんだから(秋枝を押さえる)」
  秋枝「この男は骨の2、3本も折らなきゃ、判らないんだよ(掴みかかる)」
  十一「折れるもんなら折ってみやがれ(掴みかかる)」
  夏代「(十一を押し戻し)やめて」
 冬子と青木も、二人の間に入って止める
 もみ合う内に秋枝の手が十一の胸倉を掴む
  秋枝「デヤ―!(投げる)」
 十一、2〜3メートル先まで投げ飛ばされ気絶する
  夏代「(駆け寄り)十一さん!十一さん!」
  秋枝「あー、スッとした。さ、メシ食おう(食べ始める)」
  青木「(唖然としている)」
  信「大丈夫かね?(座る)」
  冬子「(座って)殺したって死にやしないわよ」
  春子「相変らず騒々しい家ね。あなた、ご飯頂きましょ」
  青木「え、ええ(座る)」
  信「そうだ、何か話しがあって来たんだろ?」
  春子「ええ、ちょっと」
  信「何だね?」
  春子「気分そがれちゃったから、食べてからにするわ」
  冬子「相変らずね」

☆寝室
 十一、ベッドに寝ている
  十一「う〜ん」
 夏代、おぼんに食事を載せて入って来る
  夏代「気がついた?」
  十一「(見回して)あれ?」
  夏代「お父さんと青木さんが運んでくれたの(テーブルにおぼんを置く)」
  十一「(起きて)くそー、あの野郎」
  夏代「あなたがいけないの。気に触るような事言うんだもん」
  十一「だからって、投げ飛ばす事ねえだろ」
  夏代「自業自得よ」
  十一「チェッ」
  夏代「ご飯食べ損なったでしょ。早く食べて」
  十一「うん(ご飯をこぼす)」
  夏代「またあ(拾う)」
  十一「後遺症かな。フラッとしてきた(夏代の肩にもたれる)」
  夏代「何言ってるの」
  十一「目が回ってきた(仰向けに倒れる)」
  夏代「わざとらしい(起こす)」
  十一「箸が持てねえ」
  夏代「見え透いた事言って」
  十一「(箸を落す)」
  夏代「(箸を拾い)しょうがないわね、もう(食べさせる)」
  十一「シャケも」
  夏代「重病人じゃあるまいし(身を取って食べさせる)」
 いきなりドアが開き、春子が入って来る
  春子「夏ちゃん、あのね」
  夏代「なあに?」
  春子「いえ、いいの。失礼するわ(出て行く)」
  十一「なんだ、あれ」

☆リビング
 春子、首を傾げながら戻って来る
  春子「ねえ、あの二人、いつもああなの?」
  冬子「夏姉ちゃんのこと?」
  春子「そう。夏ちゃんがご飯食べさせたりして」
  冬子「そんなの毎日よ」
  青木「いいですね。仲が良くて」
  秋枝「(木刀を手に部屋から出てきて)よかねえよ」
  春子「ちょっと秋ちゃん、あんた何する気よ」
  秋枝「素振りしてスッキリすんだよ(出て行く)」
  春子「全く何なの、このウチは」
  冬子「何よ?」
  春子「やっぱり長女がシッカリ纏めなくちゃダメみたいね。ここに住もうかしら」
  あまり「ええ?」
  冬子「よしてよ、今さら」
  春子「だって肝心な夏ちゃんがあれじゃねえ」
  夏代「(入って来て)私がどうかした?(座る)」
  春子「ちょっと夏ちゃん、何であんなに甘やかすのよ」
  夏代「何のこと?」
  春子「フーテン男の事よ」
  十一「(入って来て)俺がどうしたってんだよ」
  春子「あんたね、ご飯ぐらい自分で食べなさいよ」
  十一「うるせえな、夫婦の事に口出すな」
  春子「ま!私は姉として心配してるんじゃない」
  十一「余計なお世話だ。ちゃっかり姉さんの出る幕じゃねえんだよ」
  春子「ちゃっかり姉さんですって!自分の方こそ何よ!夏ちゃんに苦労ばっかりかけてるダメ男じゃないさ!」
  十一「黙れ!」
  春子「黙れとは何よ!」
  青木「よしなさいって。身体に障るでしょ」
  春子「ハ!そうだったわ、ごめんなさい、あなた」
  十一「そういうのはウチ帰ってやってくれよ」
  秋枝「(汗を拭きながら戻ってきて)自分のこと、棚にあげやがって」
  信「それより、話って何だね?」
  春子「そうだったわ。あのね・・あなたから言ってちょうだい」
  青木「ええ、それがですね。実はその、おめでたで」
  冬子「それは流れちゃったのよ」
  青木「流れた?」
  秋枝「間違いだったのさ」
  青木「そんな事ないですよ、ちゃんと病院に」
  夏代「病院なんて行く必要無かったの。最初から違ってたんですもん」
  青木「いや、あのですね」
  冬子「お父さんが一番ガッカリしてたわよね」
  信「そりゃまあ、てっきりそうだと思って」
  青木「あの僕たちの」
  十一「あ、お祝いはいいですよ。なんなら先渡しでもいいけど(手を出す)」
  春子「(手を叩き)図々しい。いい加減にしてよ」
  秋枝「何だよ?」
  春子「こうなったら証拠を見せてあげる(母子手帳をお膳に出す)」
  信「(手に取り)青木春子・・え?それじゃお前」
  春子「3ヶ月ですって」
  信「そうか、ハハハ。青木君、ありがとう、ありがとう(手を握る)」
  青木「いや、自分でも信じられないんですけどね」
  信「本当に良かった、春子、おめでとう」
  春子「有難う、お父さん」
  冬子「不思議なことがあるもんね、世の中には」
  春子「あんた達、お祝い待ってるわよ」
  秋枝「法事のお返しで貰ったバスタオルあったろ?あれ持っていきなよ」
  冬子「雑巾にしようと思ってた手ぬぐい、オムツ用にあげるわ」
  春子「何でそんなもん持ってかなきゃいけないのよ!」
  青木「押さえて押さえて」
  春子「いいこと、ちゃんとしたお祝い寄越さないと一生恨むわよ(立ち上がる)」
  信「もう帰るのか?」
  春子「用事が済めば、こんなとこにいる必要ないわ」
  秋枝「だったら、さっさと帰れよ」
  春子「言われなくても帰るわよ」
 春子、青木、出て行く

☆寝室
 十一は酒を飲み、夏代はアイロンかけをしている
  夏代「ねえ、お祝いどうする?」
  十一「誰の?」
  夏代「春子姉さんのよ」
  十一「(落ちていたガラガラを拾い)これでも贈っとけ」
  夏代「真面目に考えてよ」
  十一「あいつら、俺達の結婚祝いもくれなかったんだぞ。これで充分だよ」
  夏代「そうはいかないでしょ。私達に子供が出来たら、お祝い貰わなくちゃいけないんだから」
  十一「くれるわけねえだろ、あのちゃっかり姉さんが」
  夏代「とにかく、明日何か買ってくるわ」
  十一「出来るだけ安いやつにしろよ」
  夏代「そんな事は男が心配しないの」
  十一「ケッ」

☆朝の町

☆スタジオ居間
 十一、スタジオから出てきて煙草に火を点ける
  ゲン「(入って来て)いやあ、台風が来なくて良かったですねえ」
  十一「相変らず気楽なやつだな」
  ゲン「あ、そうだ(ポケットから熨斗袋を出し)先輩、これ」
  十一「何だ、これ?」
  ゲン「夏代さんの懐妊祝いですよ」
  十一「それな、間違いだったんだ」
  ゲン「間違い?」
  十一「そ、間違い」
  ゲン「じゃこれはいいですね」
  十一「(取って)折角だから貰っといてやる」
  ゲン「そりゃないじゃないですか」
  十一「うるせえ!お前の気持ちを無駄にしないようにっていう、先輩の優しい心使いだよ」
  ゲン「都合のいい事ばっかり言って」
  十一「それからな、本当に出来た時は、改めて寄越せよ」
  ゲン「お祝いの二重取りじゃないですか」
  十一「めでたい事は何度あってもいいのだ」
  ゲン「かなわねえなあ、もう」

☆栗山邸・玄関ホール
 十一、ダルそうな顔で帰って来る
  十一「ただいま」
  夏代「(台所から出てきて)なあに、その顔」
  十一「暑くて、ヘロヘロなんだよ」
  夏代「シッカリしなさいよ」
  十一「お帰りなさいのチュ―は?」
  夏代「さっさと2階行って」
  十一「つめてえな、亭主がくたびれて帰ってきたっていうのに(階段を上る)」

☆寝室
 隅にベビーバスが置いてある
 ボーっと入って来た十一、ベビーバスにつんのめる
  十一「ワー!(ひっくり返る)」
  夏代「(入って来て)どうしたの?」
  十一「バカヤロウ!こんなもん置いとくな!」
  夏代「よく見ないからよ」
  十一「何だよ、これ」
  夏代「春子姉さんのお祝い」
  十一「こんな馬鹿でかいもん買ってきやがって」
  夏代「いいのよ、これで」
  十一「何がいいんだよ!」
  夏代「ベビーバスなんて、使う時期が決ってるの。だから、私達に赤ちゃんが出来たら譲ってもらえるでしょ?」
  十一「ええ?」
  夏代「私達が終れば秋ちゃんに譲れるし、そのあとフー子だって」
  十一「まるで質流れじゃねえか」
  夏代「みんなで使える物なら、無駄にならないでしょ?」
  十一「ガッチリしてやがんな」
  夏代「無駄にお酒飲んでる人とは違うの」
  十一「ケッ!」
  夏代「明日、春子姉さんの家に届けようと思うんだけど」
  十一「届けりゃいいだろ」
  夏代「じゃ、運んでね」
  十一「俺が?どうして?」
  夏代「私じゃ持てないもの。それに明日はヒマなんでしょ?」
  十一「何で俺がこんなもん運ばなきゃいけねえんだよ」
  夏代「いいから言う通りにして。嫌だって言ったら、今夜一緒に寝てあげないから」
  十一「まるで、お預け食ってる犬みたいじゃねえか」

☆アパート前道路
 十一、ベビーバスを抱えてくる。夏代、並んで歩いている
  夏代「ほら、しっかり運んで」
  十一「バカヤロウ、重てえんだよ」
  夏代「ここだわ(階段をあがる)」
  十一「おい、エレベータねえのか」
  夏代「ある訳ないでしょ。さ、早く」
  十一「こき使いやがって(階段をあがる)」

☆青木家リビング
 テーブルの横に置かれたベビーバス
 十一、夏代、青木、ソファーに座っている
  十一「(麦茶をがぶ飲みしている)」
  青木「すいませんね」
  夏代「姉さんは?」
  青木「気分が悪いって寝てます」
  夏代「そう。じゃ、青木さんが家事してるの?」
  青木「ええ、まあ」
  夏代「大変ね」
  青木「仕方ありませんよ。僕は何もしてあげられないんですから」
  夏代「優しいのね、青木さん」
  青木「それほどでも」
  夏代「誰かさんとは大違い(十一を横目で見る)」
  十一「何だよ?」
  夏代「別に」

☆シャングリラ前道路
 十一、夏代、並んで歩いてくる
  十一「(ポロシャツの下に手を入れ、身体をポリポリ掻いている)」
  夏代「さっきから何やってるのよ」
  十一「あの家、ノミでもいたんじゃねえか。何か痒くてさ」
  夏代「ちゃんとお風呂で体洗ったの?」
  十一「洗ったよ(胸の辺りを見て)赤くなってら。刺されたのかな」
  夏代「ゴキブリにでも刺されたんでしょ」
  十一「あ、これはキスマークか」
  夏代「バカ」
 シャングリラの階段前、駆け下りてきた女が十一とぶつかる
  十一「イテッ」
  女「すいません(足早に去る)」
  十一「ちゃんと前向いて歩け!」
  夏代「ボケッとしてるからよ」
  十一「チェッ」

☆シャングリラ店内
 十一と夏代、入って来る
  秋枝「こりゃまた、お揃いで。おデートかい?」
  夏代「春子姉さんの家に、お祝い持って行ったのよ」
  秋枝「それで荷物持ちってわけか」
  夏代「そ、馬鹿力だけはあるから(座って)アイスコーヒーね」
  秋枝「荷物持ちは?」
  十一「(座って)アイスコーヒー、大盛り!」
  秋枝「(孝夫に)アイスコーヒー2つね(座って)相変らず素早いな、姐御は」
  夏代「秋ちゃんも何か贈ってあげて。あとでうるさいから」
  秋枝「わかったよ」
  孝夫「お待ちどうさま」
 テーブルにアイスコーヒーを置き、他のテーブルを片付け始める
  十一「(ひと口飲んで)何か味が薄いぞ。コーヒー、ケチってんじゃねえのか」
  秋枝「イヤなら飲むなよ」
  十一「フン!商売っ気が全然ねえんだから」
  秋枝「客によりけりだよ」
  十一「なんだと!」
  夏代「やめなさいよ」
  秋枝「だけどさ、妊娠のお祝いなんて、何贈ればいいのかね?」
  夏代「だから産着とかおもちゃとか・・」
  秋枝「産着ねえ」
  孝夫「秋枝さん、赤ちゃんが!」
  秋枝「わかってるよ、それで頭を悩ましてるんじゃないか」
  孝夫「違いますよ!赤ちゃんがいるんですよ!」
  秋枝「ええ?」
 十一、夏代、秋枝、孝夫の方を見る
 テーブルの下、小さなカゴの中で赤ん坊が寝ている
  秋枝「なんだ、これ」
  孝夫「さっきのお客さんですよ!」
  秋枝「まさか」
  夏代「ねえ、下でぶつかった人じゃない?」
  十一「そうだ、あの女だ!」
 十一と秋枝、飛び出して行く

☆道路
 十一と秋枝、周辺を探し回る

☆シャングリラ店内
 赤ん坊の入ったカゴはテーブルの上に乗せられている
 十一と秋枝、戻って来る
  夏代「どうだった?」
  秋枝「(首を振る)」
  十一「どこにもいねえよ(座る)」
  夏代「カゴの中に手紙があったわ(秋枝に手渡す)」
  秋枝「(読んで)やっぱり捨て子か」
  夏代「どうする?」
  十一「警察に知らせるしかねえだろ」
  秋枝「全く、何考えてんだか」
 何も知らず、スヤスヤ寝ている赤ん坊

☆警察前歩道
 十一、夏代、秋枝、警察から出てくる
 夕焼けの中、並んで歩いて行く3人
  秋枝「亭主は蒸発で、女房は捨て子か・・」
  十一「今どきそんな話、珍しくもねえよ」
  秋枝「そりゃそうだけどさ」
  夏代「自分の子供を捨てるなんて、私には絶対出来ない」
  十一「あの子の母親だって、そう思ってたに違いねえよ・・簡単に捨てたわけじゃねえだろ」
  夏代「相談出来る人、いなかったのかしら」
  十一「隣りで人が死んでても気づかない世の中だからな」
  秋枝「赤ん坊、どうなるのかな」
  夏代「母親が名乗り出ればいいけど」
  秋枝「出なかったら?」
  十一「まあ、しかるべき施設に入るんだろうなあ」
  秋枝「そうなると、生まれながらの一人ぼっちってわけか・・切ないな」

☆リビング
 ソファーに座ってウィスキーを飲んでいる秋枝
 十一、バスタオルで頭を拭きながら入って来る
  十一「どうしたんだ?」
  秋枝「私だって飲みたくなる時があるんだよ」
  十一「へえ〜」
  秋枝「一緒に飲まないか?」
  十一「しかたない、付き合ってやるか(座る)」
  秋枝「(水割りを作って、十一の前に置く)」
  十一「もっと入れろよ、ケチってねえで」
  秋枝「明日、二日酔いでゲーゲーやられちゃ、たまんないからね」
  十一「チェッ(飲む)水みたい」
  秋枝「(飲んで)なあ、ジャック」
  十一「ああ?」
  秋枝「アフリカにいるおふくろさんの事、思い出したりすんの?」
  十一「何だよ、急に」
  秋枝「姐御の話じゃ、電話で泣いてたそうじゃないか」
  十一「あ、あれはアイツの勘違いだよ」
  秋枝「毎晩、涙で枕を濡らしてるんじゃないかい?」
  十一「バカヤロウ!三流小説みたいな言い方すんな!」
  秋枝「そんなに尖がるなよ。たまには思い出すんだろ?」
  十一「そりゃまあ、たまには」
  秋枝「フ〜ン」
  十一「ヘンな目で見るな」
  秋枝「・・・でも、母親って呼べる人がいるのは、やっぱり幸せだよ」
  十一「(じっと見る)」
  秋枝「女房の代わりはあっても、母親の代わりは無いって言葉もあるしさ」
  十一「赤ん坊のこと、気になるのか?」
  秋枝「(煙草をくわえて、遠くを見つめる)」
 夏代、洗濯物を持って入って来る
  夏代「珍しい事もあるもんね。差し向かいで飲むなんて」
  十一「おセンチになってる妹を、お兄様が慰めてんだよ」
  夏代「へえ〜、頼りがいのあるお兄様ですこと」
  冬子「(声)ただいま〜」
  十一「何かへんだな」
 冬子、踊るように入って来る
  夏代「何してたのよ、こんな時間まで」
  冬子「K大とのコンパがあってさ、ディスコで踊りまくってきちゃった、キャハハハ」
  十一「ウッ、酒くせえなあ」
  冬子「デコったら、お目当ての人に振られっ放しでさ、キャハハハ。二人でずっと踊ってたの。気持ちよかったなあ。もう気分爽快って感じ、キャハハハ」
  信「(入って来て)ど、どうしたんだ」
  夏代「フー子、いい加減にしなさいよ」
  冬子「どうしたのよ夏姉ちゃん、目尻なんか吊り上げちゃって。十一さんに嫌われちゃうわよ、キャハハハ」
  信「こんなふしだらな真似して、どういうつもりだ!」
  冬子「何よ、ディスコに行くのが、どうしてふしだらなのよ。誰でもやってるじゃない」
  夏代「こんな夜中にお酒飲んで騒ぐなんて、マトモな娘のする事じゃないでしょ?」
  冬子「ええ、そうよ。私は夏姉ちゃんみたいな、お上品で頭の良い娘じゃありませんからね」
  信「お、お前ってやつは」
  十一「おい!お父さんがどんなに心配してるのか、判ってんのか!」
  冬子「うるさいわね、余計なお世話」
  十一「この野郎(近づく)」
 秋枝、十一と冬子の間に入り、いきなり冬子の頬を叩く
  秋枝「ありがたく思うんだね、心配してくれる親兄弟があるって事を(部屋に入る)」
  冬子「ウワ―ン(泣きながら部屋に駆け込む)」
  
☆居間
 夏代、テーブルの前に座って詩集を読んでいる
 十一、ドアを細めに開けて、階下の様子を窺っている
  夏代「さっきから何してるのよ」
  十一「(夏代の傍に来て)大丈夫かな?」
  夏代「何が?」
  十一「さっきのが原因で、フーちゃんアバズレ娘になったりしねえかな?」
  夏代「大丈夫よ」
  十一「だってさ」
  夏代「姉妹喧嘩なんかすぐ収まるわよ」
  十一「そうかなあ」
  夏代「あなたは一人っ子だから判らないだろうけど」
  十一「でも、万が一って事もあるだろ?この家がイヤになって、家出しちゃうとかさ」
  夏代「それ、あなたの体験談?」
  十一「うるせえ(ドアの方へ戻る)」
 玄関ホールで物音がする
 十一、足音を忍ばせて廊下へ出て行く
  夏代「フフ、兄貴ぶっちゃって」

☆玄関ホール
 十一、壁に張り付いて階下の様子を窺う
  十一「大丈夫かなぁ」
  夏代「(声)何してるの」
  十一「ワー!おどかすなよ」
  夏代「こんなに妹の事心配して。優しいお兄様ですこと」
  十一「からかうなよ」
  夏代「その十分の一でも、女房に優しくしてくれたらねえ」
  十一「んん(咳払い)酒でも飲むか」
  夏代「酔っ払いの世話はお断わりですからね」
 十一と夏代、居間へ入る

☆翌日・リビング
 食事をしている面々
 信、冬子、視線を合わそうとしない
  十一「(横目で二人を見ている)」
  夏代「おかわりは?」
  十一「(茶碗を差し出す)」
  夏代「まだ入ってるじゃない」
  十一「え?あ、そうか」
  秋枝「さっきから何やってんだよ?」
  十一「べ、べつに(目玉焼きを食べる)」
  秋枝「それ私のだよ」
  十一「へ?わるい、わるい(わかめの味噌汁を飲む)」
  夏代「どこか悪いんじゃないの?」
  秋枝「おつむだろ」
  十一「ばかやろう!」
  夏代「わかめ飛ばさないで」
 冬子、食べ終わって何も言わずに出て行く
  信「(チラッと見る)」
  十一「(湯のみと間違えて醤油を飲む)ウッ!ペッ、ペッ(吐き出す)」
  夏代「何やってんのよ」
  秋枝「とうとうイカレたか」

☆玄関ホール
 階段を降りてきた冬子、リビングを窺いながら信の部屋に入る
 阿万理、リビングから出てきて階段を上がる
 冬子、信の部屋から出てくる
  阿万理「何してたの?」
  冬子「何でもないわよ(玄関を出て行く)」

☆東和毛織・営業部
 信、苦虫を噛み潰した顔で書類を見ている
 煙草をくわえ、ライターを出そうとポケットをさぐる
  信「うん?」
 ポケットの中から小さく折りたたんだ紙片が出てくる
  信「(広げて読む)」
 『ごめんなさい』(紙片のアップ)
  信「冬子のヤツ・・(ホッとしたような笑顔で煙草に火を点ける)」
 デスクの電話が鳴る
  信「はい営業部・・ああ、十一君か。どうしたんだい?」

☆スタジオ居間
 十一「いや、あのー、どうしてるかなぁと思って」

☆東和毛織・営業部
 信「別にどうもしとらんよ」

☆スタジオ居間
 十一「そ、そうですか、そりゃ良かった、ハハハ」

☆東和毛織・営業部
 信「何かヘンだね」

☆スタジオ居間
 十一「ヘンなのはいつもですから、ハハハ、あ、あの、帰りに一杯やりませんか?・・ええ、じゃあ改札のところで。はい、失礼します(電話切る)愚痴を聞いてやるのも親孝行だ」
  
☆成城学園駅南口
 十一、改札口の前に立っている
 電車のブレーキ音の後、乗客が改札に出てくる
 一番後ろに信の姿
  十一「お帰りなさい」
  信「(傍に来て)どうしたんだい、急に」
  十一「たまには、お父さんと一杯やろうかと思って」
  信「ばかに景気がいいね」
  十一「臨時収入があったもんで」

☆成城商店街
 十一と信、並んで歩いている
  信「十一君、心配かけて済まないね」
  十一「え?な、何のことかな、ハハ」
  信「これ(紙片を差し出す)」
  十一「(読む)ごめんなさい・・それじゃ」
  信「まあ、そんなもんさ、フフ」
  十一「アイツ・・」
  信「十一君、そんなに気を使う事ないんだよ」
  十一「え?」
  信「義理とはいえ、親子なんだから」
  十一「はあ」
  信「私の事を考えてくれるなら、同じ様にお母さんの事も考えてあげたまえよ」
  十一「・・・」
  信「たまには手紙でも書いてあげるんだな」
  十一「はあ・・あ、お父さん、柳川鍋なんてどうです?ウナギってのもいいですね、ハハハ」
  信「そうだな」
  十一「ね、そうしましょ、そうしましょ」

☆うなぎ屋の前
 店先で蒲焼が焼かれている
  信「6人前、持ち帰りで」
  十一「お父さん」
  信「足りない分は、私が払うから」
  十一「でも・・」
  信「二人で食べるより、みんなで食べた方が美味しいよ。そうだろ、十一君」
  十一「そうですね」
  信「(ポケットから財布を出す)」
  十一「今日は僕が払います」
  信「大丈夫かい?」
  十一「任しといて下さい、ハハハ(ゲンに貰った熨斗袋から1万円出す)」

☆リビング
 阿万理と冬子、箸や湯飲みをお膳に並べている
  秋枝「(部屋から出て来て)晩飯うなぎだって?」
  阿万理「うん」
  秋枝「そんな金、どこにあったんだい?」
  冬子「臨時収入があったんだって」
  秋枝「へえ〜、姐御の詩でも売れたの?」
  冬子「スポンサーはアイツ(上を指差す)」
  秋枝「馬券でも取ったのかな」

☆居間
 十一、テーブルの前に座り、便箋に何かを書いている
  夏代「(入って来て)出来たわよ」
  十一「(慌てて便箋を閉じて)あ、そ、そうか」
  夏代「何してたの?」
  十一「うん?べ、べつに何でもねえよ」
  夏代「それにしちゃ、いやにオドオドしてるじゃない」
  十一「そ、そんな事ねえよ、いきなり声かけるからビックリしたんだよ」
  夏代「そお?」
  十一「さ、行こう、折角のウナギが冷めちゃうから」
  夏代「うん」
 十一、夏代と一緒に部屋を出て行く
  十一「(声)みんなで仲良くウナギを食べましょう、ハハハ」
  夏代「(声)何かへんね」
  十一「(声)いいから、いいから」
 誰もいない室内
 ベランダから風が吹き、便箋の表紙がめくれる
  『拝啓母上様、元気ですか。こっちも元気でやってます』
―おわり―

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