第54話「クリスマスで苦しみます」 放映日:1974年12月25日(水) 脚本:てつまにあ
☆成城商店街
商店の軒先にはクリスマスの飾り付けされ、ジングルベルが流れている
夏代と阿万理、並んで歩いている
阿万理「もうすぐクリスマスね、楽しみだな」
夏代「プレゼントが貰えるからでしょ?」
阿万理「夏姉ちゃんだって貰えるじゃない」
夏代「誰に?」
阿万理「ジャックさんよ」
夏代「ばかね、あのトンチキがくれるわけないでしょ」
阿万理「わかんないわよ、ああ見えても結構ロマンチストだもん」
夏代「ませた口きくんじゃないの」
☆渋谷・公園通り
クリスマスの飾り付けがされ、ジングルベルが流れている
十一とゲン、並んで歩いている
ゲン「すっかりクリスマスって感じですね」
十一「お前には苦しみますの方が似合ってるよ」
ゲン「またそんな・・ところでクリスマスはどうするんですか?」
十一「どうするって?」
ゲン「夏代さんとですよ」
十一「別に何もしねえよ」
ゲン「どうしてですか?結婚して初めてのクリスマスでしょ?」
十一「ケッ、くだらねえ。どうせケーキ食うだけだろ?」
ゲン「判ってないなあ。女性はね、クリスマスをロマンチックに過ごしたいもんなんですよ」
十一「女もいねえくせに、判ったような事言いやがる」
ゲン「暗い部屋にキャンドルが灯り、二人でシャンパンを酌み交わし・・」
十一「暗い部屋に二人?そうか、へへへ。こりゃいいや」
ゲン「ヘンな事考えてませんか?」
十一「うるせえ!よし、今年のクリスマスは盛大にやるか、へへへ」
ゲン「意味が違うんじゃないかな?」
―オープニング―
☆居間
夏代、テーブルの前で女性週刊誌を読んでいる
十一、バスタオルで頭を拭きながら入って来る
夏代「よく温まった?鼻水たらしたりしないでちょうだいよ」
十一「(隣りに座り)鼻血が出るくらい温まった」
夏代「またバカ言って。じゃ、私も入って来よう(立ち上がる)」
十一「隅々まで磨き上げてこいよ」
夏代「余計なお世話(出て行く)」
十一、煙草に火を点けようとして、週刊誌に気づく
十一「こんなの読んでるから、オツムが足りねえんだ(ページをめくり)うん?」
『素敵なクリスマスの過ごし方』(見出しアップ)
十一「“静かなレストランで二人だけのディナー、夜景の見えるラウンジで甘いカクテル”
なるほど、女はこういうのが好きなのか」
十一、立ち上がってコートのポケットを探るが、3500円しかない
十一「この前新しいレンズ買っちまったからな、これじゃおでんの屋台がいいとこか・・そうだ」
本棚からハードカバーの「ハムレット」を取り出しパラパラとめくる
ページの間に500円札が一枚挟まっている
十一「(札を手に取り)はあ〜、行かざるべきか行くべきか、それが問題だ」
☆週刊ドリーム編集部
神谷「前借り?」
十一「ええ、暮れも押し迫ってますし、何かと物入りで」
神谷「そうか、美人のカミサンにいいとこ見せようってわけか?」
十一「いえ、そんなんじゃありませんよ」
神谷「隠すなって。俺にも覚えがある。女房を喜ばしてやりたいと、色々無理してな・・君の気持ちはよく判るよ」
十一「本当ですか?それじゃ前借りも?」
神谷「そうしてやりたいのは山々なんだがなあ」
十一「じゃダメですか?」
神谷「昨今の不況を乗り切る為には、あらゆる無駄を省かなくてはならん。反故にした原稿をメモ用紙にし
エレベーターを止めて階段を使う。そこまでやってるのが現状なんだよ」
十一「はあ」
神谷「これも全て中東戦争のせいだ!大場君、戦争はいかん、平和が一番だ。そうだ!(奥へ立ち去る)」
十一「編集長!・・もう〜」
☆栗山邸・リビング
食事している面々
夏代「25日にクリスマスパーティーしようと思うんだけど」
信「かまわんよ」
冬子「デコも呼んでいい?」
夏代「いいわよ」
秋枝「私は少し遅れるよ、稼ぎ時だからね」
夏代「あなたは?」
十一「ヘッ?」
夏代「仕事?」
十一「仕事は無いんだけど、金も無いから・・」
夏代「大丈夫よ、生活費で賄うから」
十一「でもさ、暗い部屋で、二人でロマンチックに、カクテルで夜景を飲んで」
秋枝「何わけのわかんない事言ってんだよ」
冬子「そうだ、お兄様からもプレゼントあるのかしら?」
秋枝「きゅうりの1本もあれば、いいとこさ」
十一「バカにしやがって。お前達には大根の方がお似合いだよ!」
秋枝「なんだって!」
十一「なんだよ!」
信「まあまあ、落ち着いて」
冬子「そうよ、ゆっくりご飯も食べられないじゃない」
十一「フン!」
☆池プロ
ゲン「ええ?アルバイト?」
十一「ああ、手っ取り早く金になるヤツ」
ゲン「いきなりそんな事言われてもですね」
十一「先輩が頭下げてんだぞ!もっと真剣に考えろ!」
ゲン「だけど何でアルバイトなんかするんですか?」
十一「そりゃまあ、色々とさ」
ゲン「ははん、夏代さんに何か言われましたね」
十一「グダグダ言ってねえで、さっさと探せ!」
ゲン「そう言われてもですね」
杉村「ポルノ映画のエキストラの口ならありますよ」
十一「何で俺がヌードにならなきゃいけねえんだ!」
杉村「どうって事ないですよ。ちょっとお尻が写るだけですから」
十一「バカヤロウ!お前の二束三文の裸と一緒にすんな!」
ゲン「押さえて押さえて」
十一「とにかく、ガバッと大金が稼げるやつを考えろ!」
ゲン「それだったら肉体労働が一番ですね」
十一「肉体労働?」
☆道路工事現場
手際よくシャベルを動かしている労働者の中で、へっぴり腰の十一とゲンがいる
ゲン「なんで僕までやらなくちゃいけないんですか」
十一「ブー垂れてるヒマがあったら、手を動かせ!」
ゲン「先輩だって動いてないじゃないですか」
十一「うるせえ!」
ゲン「全くまいっちゃうよな、自分勝手で」
十一「なに?」
ゲン「先輩は夏代さんの為に大金が必要でしょうけどね、僕にはそういう必然性は無いんですからね!」
十一「(首を締めて)テメエには先輩を助けようって気持ちがねえのか!」
ゲン「く、くるしい〜」
現場監督「おい!何やッてんだ!遊んでるヒマねえんだぞ!」
十一「わ、わかりました」
十一とゲン、不器用な手つきでシャベルを動かす
☆居間
夏代、臙脂色の毛糸でマフラーを編んでいる
夏代「もう少し毛糸買って来なくちゃ・・オツムの中味は少ないくせに、図体は大きいんだから、フフ」
階段を上がってくる足音
夏代「噂をすれば(出て行く)」
☆寝室
十一、疲れきった顔で入って来ると、コートのままベッドに倒れこむ
夏代「(入って来て)ちょっと、そんな格好で寝ちゃだめよ」
十一「へえ?ああ(大儀そうに身体を起こす)」
夏代「そんなに疲れてるの?」
十一「ま、まあ(コートを脱ぐ)」
夏代「(コートを受け取り)あら、泥がついてるじゃない。転んだの?」
十一「う、うん、夢の島にちょっとね」
夏代「公害の写真でも頼まれたの?」
十一「そ、そうなんだ、ハハハ」
夏代「この前の週刊文鳥の写真が認められたのかな?」
十一「そ、そうかもしれないな、ハハハ」
夏代「良かった。私も一安心だわ」
十一「何が?」
夏代「うん?だって結婚してあなたの仕事が上手く行かなくなったら、私のせいだもの」
十一「バ、バカだな。そんな事あるわけねえだろ。お前と結婚して、運がバーッと向いてきたって感じ、ハハ」
夏代「(嬉しそうに微笑み)大急ぎで晩御飯作るから、それまでゆっくり休んでて(出て行く)」
十一「無邪気なもんだな・・こりゃ何としても稼がなくちゃいけねえな」
☆リビング
時刻は朝7時、十一、信、夏代、朝食を食べている
秋枝、欠伸をしながら部屋から出てくる
秋枝「ファ〜、おはよう」
夏代「おはよう」
秋枝「おや、今朝は寝ぼすけも一緒?(座る)」
信「今の仕事は、朝しか撮れない写真だそうだ」
秋枝「ふ〜ん、青果市場にでも行くの?」
十一「ま、まあ。ごちそうさま、じゃ行ってきます」
信「ああ、気をつけてな」
十一、慌しく出て行く
夏代「あ、お弁当!(後を追って出て行く)」
信「十一君の仕事も、少しずつ軌道に乗ってるようだね」
秋枝「そうだといいけど(食べる)」
信「夏代の幸せそうな顔を見てると、私まで嬉しくなってくるな」
秋枝「親父も相変らずだな」
☆街角
十一、ガードレールに腰かけて週刊誌を読んでいる
十一「やっぱりフランス料理かな・・あんまり美味そうでもねえけど(時計を見る)」
時刻は8時を示している
十一「ゲンのヤツ、何してやがんだろ。まさかズラかろうってわけじゃ・・あの野郎」
☆池プロ
ゲン、慌しく身繕いをしている
杉村「こんなに早くどこ行くんですか?」
ゲン「いいか、先輩から電話があったら“当分帰りません”そう言うんだぞ」
声「やっぱりそうか」
ゲン「へ?(振り返る)」
十一「テメエ、男の友情をドブに捨てようって腹だな。知らなかったよ、そんな薄情者だとはな」
ゲン「ちょ、ちょっと先輩」
十一「あーあ、俺はお前を親友だと思ってきたけど、お前にとっちゃ俺なんか、道端の小石と同じだったんだな」
ゲン「そんな事ありませんよ。僕だって先輩の事を・・」
十一「いいよ、いいよ。俺の事なんか忘れて、せいぜい金儲けに励んでくれ。じゃあな。木枯らしが身に染みらあ」
ゲン「待って下さいよ」
十一「まだ何か用か?」
ゲン「判りましたよ、行けばいいんでしょ、行けば」
十一「そうか!それでこそ男だよ。お前のような友達を持って、俺は日本一の幸せ者だ、ハハハ」
ゲン「調子いいんだから、全く」
☆スーパーマーケット前
買い物カゴを下げて歩いて来た夏代、店先に女の子がポツンと立っているのに気づく
少し気になるものの、チラッと見て店内に入る
☆雑貨売り場
夏代、臙脂色の毛糸だまを手にとり、レジに持って行く
☆スーパー入口
夏代、包みをカゴに入れて出てくる
声「いいかい、お母さんはここにはいないんだよ」
夏代「(声の方を見る)」
スーパーの店員が、さっきの女の子に話し掛けている
店員「こんな所にいないで、早くおウチにお帰り。これあげるから(風船を手渡す)」
女の子、トボトボと歩き出す
夏代「あの・・」
店員「は?」
夏代「あの子迷子ですか?」
店員「いや、あの子の母親がここでパートしてたんですよ」
夏代「じゃあ、お母さんを迎えに来たんですか?」
店員「それがね、あんた。男と逃げちまってさ」
夏代「そうなんですか・・」
店員「全く何考えてんだか」
客A「ちょっと、この特売品はどこ?」
店員「あ、それはですね・・」
店員と客は店内に入り、一人残った夏代は女の子の後姿を見つめる
☆道路工事現場
十一とゲン、へっぴり腰でシャベルを動かしている
現場監督「そこのバイト!一生懸命やらねえと、工期に間に合わないぞ!」
十一「わ、判りました」
ゲン「ゼー、ゼー」
そばの歩道を冬子と秀子が通りかかる
秀子「ホームパーティーか。またお姉さんの手料理が食べられるってわけね」
冬子「あんまり期待しないでよ」
秀子「でもさ、今年はいつもより手が込んでるじゃない?」
冬子「なんでよ?」
秀子「だって食べさせたい人がいるじゃないさ」
冬子「なるほど。それで夏姉ちゃん、張り切ってるのか」
秀子「そう、愛の力は大きいのよ」
冬子「フフフ。あら?」
秀子「どうしたの?」
冬子「あれジャックさんじゃない?」
秀子「本当だ、あ、社長さんもいるわよ」
冬子「どうなってんの?」
☆道路工事現場・飯場
パイプ椅子に座って食事をしている労働者たち
十一「(ご飯をほお張りながら)どうしたんだよ」
ゲン「さっぱり食欲が無いんですよ」
十一「食っておかねえと、もたねえぞ」
声「そうゆうこった」
十一とゲン、顔を上げる
防寒服に身を包んだ男―飯田が、二人の湯飲みにお茶を注ぐ
十一「すいません」
飯田「あんたらも出稼ぎかい?」
十一「いえ、バイトです」
飯田「何でこんな所に来たんだい?他にいくらでも働き口があるだろうに」
十一「はあ、手っ取り早く稼ごうと思って」
飯田「借金で夜逃げでもしてきたとか?」
十一「まさか」
ゲン「当らずと言えど遠からず」
十一「(頭を叩き)ちょっと急に入用になりまして、へへへ」
飯田「まあ、詮索すんのはよそう、ハハハ」
ゲン「あなたは出稼ぎの方ですか?」
飯田「ああ、雪が降る季節になると、地元にはロクな仕事がないんでな」
ゲン「東北ですか?」
飯田「北海道だよ」
ゲン「北海道か、いいでしょうねえ」
飯田「観光に来る分にはな」
十一「ここはいつまで?」
飯田「仕事納めまで目一杯稼ぐつもりさ」
十一「そうですか」
「ウオ―ン」とサイレンが鳴り響く
飯田「さ、稼ぎに行くとするか」
労働者と共に、十一、ゲン、飯田、飯場を出て行く
☆黄昏の街
☆栗山邸・台所
夏代、夕飯の下ごしらえをしている
夏代「ええ?工事現場?」
冬子「うん、社長さんも一緒に」
夏代「建設現場の写真頼まれたのかしら・・」
冬子「写真なんか撮ってなかったわよ、シャベルで穴掘ってたもん」
夏代「ふ〜ん」
冬子「また何か企んでるじゃないの、あの二人」
夏代「うん・・」
冬子「ちゃんと聞いた方がいいわよ」
夏代「そうねえ」
☆工事現場・飯場前
十一とゲン、出てくる
十一「うぃー、寒い」
ゲン「ちょっと暖まって行きますか?」
十一「そうだな」
☆一杯飲み屋「酔いどれ」
木のテーブルとカウンター、壁には油の染み
ノレンをくぐって十一とゲン入って来る
テーブルで一人飲んでいる飯田
十一「ここいいですか?」
飯田「(顔を上げて)ああ、あっきの若い衆か。遠慮しないで座ってくれ」
十一とゲン、向かいに座る
十一「熱燗と、ししゃも」
ゲン「それともろきゅう」
飯田「繋ぎにどうだ?(お銚子を示す)」
十一「でも・・」
飯田「いいから、いいから(二人のお猪口に酒を注ぐ)」
十一「じゃ、頂きます(飲む)」
ゲン「遠慮なく(飲む)」
飯田「仕事のあとの一杯は格別だろ?」
十一「そうですね」
ゲン「ホント、ホント」
飯田「せっかく知り合ったんだ、今夜は思う存分飲むか」
十一「ええ」
× ×
テーブルに転がっているお銚子
十一「じゃあ親父さんは、もう5年も出稼ぎに来てるのかい?」
飯田「ああ、夫婦二人なら何とかなるんだが、何たってガキが多いからな」
十一「大変だな」
飯田「来年小学校にあがる末娘に、新しい服買ってやるって約束したからな・・もうひと踏ん張りさ」
十一「クリスマスプレゼントってわけだ」
飯田「そんなシャレたもんじゃないよ」
ゲン「お子さんは何人ですか?」
飯田「今の所6人だ」
十一「今の所?」
飯田「暮れに帰れば、来年7人目が生まれるかもしれないだろ」
ゲン「来年って・・ああ、そういう事か、ハハハ」
十一「ハハハ、親父さんにはかなわねえや」
飯田「あんた達は独りもんだろ?年の暮れにこんなとこで稼いでるようじゃ、女もいない口だな」
十一「とんでもない。こいつはそうですけど、僕にはちゃんとコレが(小指を立てる)」
飯田「見栄張るなって」
十一「本当ですよ、な(ゲンに)」
ゲン「ええ、こう見えても先輩は結婚してるんです」
飯田「へえ、世の中判らないもんだな。で、相手は行き遅れたハイミスか?」
十一「親父さん、人を見てものを言ってくれよ」
ゲン「先輩の奥さんは、モデルにしてもいいくらいの絶世の美女なんですよ、それが」
飯田「東京の娘ってのは、変わってるんだな」
ゲン「ホント、世も末ですよねえ」
十一「(ゲンの頭を叩き)調子に乗るな」
飯田「ハハハ」
☆栗山邸・居間
夏代、こたつに入って編物をしている
玄関の開く音がして、階段にドタドタという足音
夏代「あのトンチキ、どこで引っ掛かって来たのかしら(出て行く)」
☆寝室
十一、コートを脱ぎ捨ててベッドに寝転ぶ
十一「あー、バテたな。やっぱり俺は頭脳労働の方が向いてるな」
夏代「(入って来て)何かアルコールの匂いがするわね」
十一「仕事のあと、ゲンと一杯やったんだ」
夏代「へえ、夢の島の帰りに?」
十一「今日はちょっと違う所に・・」
夏代「ひょっとして工事現場かしら?」
十一「え?ま、まあ、高度成長時代の象徴として、工事現場の写真をちょっと、ハハハ」
夏代「へえ〜、シャベルで写真撮れるの?」
十一「シャベル?」
夏代「玄也さんと二人で穴掘ってたそうじゃない?」
十一「誰がそんな事を」
夏代「フー子達が見たのよ、あなたがシャベルで穴掘ってるのを!」
十一「あいつら・・」
夏代「ちょっと、何企んでるのよ」
十一「企むだなんて、そんな・・良い写真を撮るには、実際に体験してみなくちゃいかん、そう思ったから・・」
夏代「じゃあ何で、視線そらすのよ」
十一「ヘンな気回すなよ。見てみろ、この真実に溢れた瞳を」
夏代「まあ、いいわ。今日の所は信じてあげる。でも良からぬ事を企んでたら、ただじゃおかないわよ(出て行く)」
「バタン」と大きな音をたてて閉まるドア
十一「天気予報みたいにコロコロ変わりやがって・・今に男の心意気を見せ付けてやる」
☆工事現場
少し手馴れた手つきでシャベルを動かしている十一とゲン
☆居間
マフラーを編んでいた夏代、ふと手を止める
☆イメージ
ポツンと立っている女の子
☆居間
遠くを見ながら、じっと考える夏代
☆工事現場・飯場
十一とゲン、パイプ椅子に座っている
ゲン「いよいよ明日で終わりですね」
十一「ああ、これであさっての晩は、へへへ」
ゲン「いいですね、先輩は気楽で」
十一「なに?」
ゲン「こっちはいい迷惑ですよ、全く」
突然、屋外で激しい物音がする
十一「なんだ、なんだ」
声「足場が崩れたぞ!」
十一とゲン、作業員と共に外へ飛び出す
☆工事現場
崩れた足場が散乱し、周囲は騒然としている
十一とゲン、取り囲んでいる作業員の間から覗く
十一「ど、どうしたんですか?」
作業員A「急にグラグラときやがってな」
ゲン「けが人は?」
作業員B「誰か下敷きになったらしい」
十一とゲン、顔を見合す
サイレンと共に救急車が到着し、救急隊員がタンカを持って現場に駆け寄る
手作業で足場をどけると、けが人をタンカに乗せて救急車へ運ぶ
ゲン「先輩!あの人」
十一「昨日の親父じゃねえか」
タンカを運び入れると、サイレンを鳴らして救急車は走り去る
作業員C「飯田さん、とんでもない事になっちまったな」
作業員D「泣いても泣ききれねえよ」
作業員、三々五々立ち去る
ゲン「どうなるんでしょうね、あの人」
十一「さあな・・」
ゲン「何か切なくなってきちゃったな」
十一「(救急車が走り去った方向を、じっと見つめる)」
☆寝室
十一、煙草をくわえてベッドに寝転んでいる
夏代「(入って来て)私への言い訳でも考えてるの?(ベッドに座る)」
十一「そんなんじゃねえよ」
夏代「じゃあなあに?食事中もボケッとして」
十一「・・俺には食っていける仕事も一応あるし、お前みたいな美人の女房もいるし・・」
夏代「お世辞言っても何にもでないわよ」
十一「これ以上欲しがったら、贅沢だよな」
夏代「え?」
十一「別に金があるわけじゃねえけど、何とか暮して行けるもんな・・」
夏代「そうね・・」
十一「上を見ればキリが無いって言うけど、下を見たって同じだ・・」
夏代「そうかもしれないわね」
十一「・・・」
夏代「寂しい思い人してる人がたくさんいるんだもんね」
十一と夏代、それぞれの思いに耽る
☆工事現場・飯場
作業員が列を作り、作業手当てを受け取っている
社員「えーと君は臨時の作業員だったね?名前は?」
十一「大場です」
社員「(書類をめくり)ここにサインして」
十一「(サインする)」
社員「じゃこれ(封筒を渡し)一週間ご苦労さん」
十一「どうも(列を外れて中を見る)苦労した甲斐がある、ハハ」
☆工事現場
作業している十一とゲンに、ヘルメットを持った作業員が近づいてくる
作業員A「ちょっといいかな」
十一「何でしょうか?」
作業員A「昨日の事故の事は知ってるだろ?」
十一「ええ」
ゲン「怪我の具合はどうなんですか?」
作業員A「思ったより重傷らしい」
ゲン「そうですか」
作業員A「子沢山な上に働き手がこんな事になっちまうなんて・・これから大変だよな」
ゲン「そうでしょうね」
十一「でも、会社から保障が出るんでしょ?」
作業員A「社員ならちゃんとしたものが出るだろうけど、俺達のような下請けには雀の涙の見舞金がいいとこだろうな」
十一「そんな・・仕事は同じじゃないですか」
作業員A「理屈はそうだが、そうはいかない所が世の中ってもんなのさ」
ゲン「そんなもんなんですかねえ」
十一「要するに、使い捨てってわけか」
作業員A「そう言っちまえばみもふたもないがな」
十一「(憮然とする)」
ゲン「それで僕達に何か?」
作業員A「ああ、そうだった。同じ釜の飯を食った仲間として、少しでも力になろうと思ってカンパ集めてるんだ」
ゲン「はあ」
作業員A「あんた達は今日までの臨時だし、無理にってわけじゃないんだけどな」
十一「(ポケットから千円札を出して、ヘルメットに入れ)少ないですけど」
ゲン「(同じ様に千円札を入れる)」
作業員A「いいんだよ、みんな大変なんだから。有難う(別の作業員の方へ行く)」
十一とゲン、作業に戻る
怒ったような表情で、シャベルを動かし続ける十一
☆飯場
十一とゲンが入っていくと、作業員Aがテーブルでカンパの集計をしている
作業員A「あがりかい?」
十一「ええ。短い間でしたけど、お世話になりました」
作業員A「工事は来年まであるからな、また稼ぎたくなったら来いよ」
十一「はい」
十一とゲン、ロッカーの前に行き着替え始める
十一「(ふと手を止めて、テーブルの方を見る)」
10円や100円など小銭がほとんどで、札は少ない
十一、ポケットから封筒を取り出し、作業員に近づく
作業員A「なんだい?」
十一「(一万円札を出して)これ飯田さんに」
作業員A「おいおい、無理すんなよ。あんただって困るだろ」
十一「いいんです、遊ぶ金を稼ぎに来ただけですから」
作業員A「本当にいいのかい?」
十一「お嬢さんの洋服代にって」
作業員A「判った、伝えておくよ」
ゲン「僕もこれ(一万円札を差し出す)」
作業員A「すまん、本当にすまんなぁ(頭を下げる)」
☆夕焼けの街
十一とゲン、並んで歩いている
ゲン「先輩、赤とんぼで一杯やりましょうか?」
十一「そうだな」
スッキリした表情で歩いて行く十一とゲン
☆交番前歩道
買い物篭を下げて歩いて来た夏代、ふと足を止める
交番の中に昨日スーパーにいた女の子と、世話好きそうな主婦がいる
夏代「あの・・」
警官「うん?ああ、あなた確か、この前酔っ払って喧嘩した男の奥さんでしたな。旦那さんがまた何か?」
夏代「いいえ、その女の子どうかしたんですか?」
警官「この子ご存知なんですか?」
夏代「昨日、スーパーの前で見かけたものですから」
警官「そうでしたか」
夏代「何かあったんですか?」
警官「まあねえ」
主婦「それがね、あんた。スーパーから苦情が出ちまってさ。すぐ迎えに来いって電話したら、父親は
飲んだくれて話にもなりゃしない有様でねえ。それで大家の私が引き取りに来たってわけですよ」
夏代「そうなんですか」
主婦「私しゃ、この子が不憫でねえ。親の愛が欲しい年頃だってのに(涙ぐむ)」
警官「おかしな世の中になったもんですな」
主婦「そう思うんだったら、この子の母親を探してくださいよ」
警官「出来るだけ善処しますから」
主婦「こっちは税金払ってるんですからね」
警官「はいはい、判りました。とにかくこの子を早く連れて帰ってあげて下さい。風邪ひいたら大変だ」
主婦「あ、そうね。それじゃお巡りさん、よろしく」
主婦、子供の手を引いて立ち去る
夏代「(追い駆けて)あの」
主婦「はい?」
夏代「アパートはどこですか?」
主婦「2丁目のつくだに荘ですけど」
夏代「そうですか、失礼しました(立ち去る)」
主婦、怪訝な顔で見送る
☆赤とんぼ
十一とゲン、カウンターで酒を飲んでいる
きよ「何か良い事でもあったのかい?」
十一「え?」
きよ「さっきからニヤニヤしてさ」
十一「別に良い事なんかありゃしないよ、なあ」
ゲン「ええ、毎日金繰りで大変なんですから」
きよ「そうかねえ。それにしちゃ、ふやけた豆腐みたいな顔してるね」
十一「眼がおかしくなったんじゃねえか」
きよ「憎まれ口きいて」
十一「おばさん」
きよ「なんだい?」
十一「情けは人の為ならずって、本当かな」
きよ「私はそう思ってるよ」
十一「ふ〜ん」
きよ「昔に比べりゃ世知辛くなっちまったけどさ、情けをかければ、いつかは自分の所に返って来るよ。
借金を返すのは大変だけど、心は誰にでも返せるからね」
ゲン「そうですよね」
きよ「そういう人情が隠し味になってるうちは、この世の中も捨てたもんじゃないさ」
十一「そう・・そうだよな」
きよ「それにさ、広い空の下で誰かが喜んでると思うだけで、暖かい気持ちになってくるじゃないか。
どんなご馳走食べたって、こんな気持ちにはなりゃしないよ」
十一「おばさん、熱燗もう1本!」
きよ「あんまり飲みすぎると、可愛い女房が泣くよ」
十一「女房が恐くて酒が飲めるか!」
きよ「今日はいやに威勢がいいね。じゃ、あと1本だよ。これ飲んだら早く帰って安心させてやんな」
☆朝の街並み
☆スタジオ居間
十一、疲れた顔で座っている
十一「働き損のくたびれ儲けか・・」
チャイムが鳴りゲンが入って来る。手に煙草ぐらいの小さな包みを持っている
ゲン「こんにちわ」
十一「何しに来たんだ?」
ゲン「近くまで来たもんですからね、どうしてるかと思って」
十一「どうもしてねよ」
ゲン「計画がオジャンになってガックリする気持ちも判りますけどね、善意を施したんですから」
十一「俺にも施して欲しいよ」
ゲン「じゃ、昨日の事後悔してるんですか?」
十一「そう言う訳じゃねえけどさ・・」
ゲン「でも感激したなあ。一生先輩について行きますからね」
十一「気持ち悪い事言うな」
ゲン「夏代さんだって、これを知ったら」
十一「だからお前はアンポンタンだって言うんだよ」
ゲン「どうしてですか?」
十一「男はな、自慢話はしねえんだよ」
ゲン「さすがあ。益々好きなっちゃう」
十一「お前に好かれてもしようがねえんだよ。こっちは手ぶらで・・」
十一、ゲンの持っている包みに気づき、素早く横取りする
ゲン「ちょっと先輩!」
十一「俺が好きなんだろ、これぐらい我慢しろ!」
十一、コートとバッグを掴んで慌しく出て行く
ゲン「先輩!それは僕の晩御飯なんですよ!付いて行くなんて言わなきゃよかった」
☆交番前歩道
十一、足早に歩いて来る
警官「ちょっと、ちょっと、君、君」
十一「(驚いて)ぼ、僕は何もしてないですよ」
警官「そうじゃないんだ。奥さんにお礼言っておいてくれないか」
十一「お礼って、何の?」
警官「いや実はね、さっきまでいたんだが、あの婆さんお喋りでちっとも話が進みやしない」
十一「はあ」
警官「あれじゃ嫁さんも大変だろうな」
十一「それがウチの女房と何か?」
警官「え?いや、そうじゃないんだ。奥さんが手編みのマフラーをプレゼントしてくれてね」
十一「マフラー?」
警官「あの子にもクリスマスがきて良かったよ、本当に」
十一「(怪訝な顔で見返す)」
☆成城商店街・花屋
十一、花屋の前で立ち止まる
店員「いらっしゃいませ。ご入用のお花は?」
十一「え?あ、あの、バラを・・」
店員「いかほど?花束にしますか?」
十一「いや、1本でいいんだ」
店員「はあ?」
☆栗山邸・リビング
テーブルの上に鳥のもも焼き、サラダ、野菜の煮物などが並べられている
十一、コート姿で入って来る
十一「すげえご馳走だな。このもも焼き、高かったろ?」
夏代「それがね、思ったより安かったのよ」
十一「ふ〜ん」
秀子「あの、これ(包みを差し出し)手ぶらじゃ申し訳なから」
夏代「なあに?」
包みを開けると、市販のクッキーが出てくる
秀子「もう少し良いものにしたかったんだけど、洋服買っちゃったから」
夏代「いいのよ、どうもありがとう」
秋枝「(声)ただいま」
冬子「あら、早いわね」
秋枝「(入って来て)はいよ、フルーツ」
阿万理「わあー、メロンだ」
夏代「どうしたの?いやに早いじゃない」
秋枝「不景気で客がさっぱり。頭きて早仕舞いさ」
信「そうか。でも良かったよ、みんな揃って」
秋枝「また張り切って料理作ったもんだね」
阿万理「秋姉ちゃんとデコちゃんはお土産持って来てくれたしね」
冬子「中には手ぶらって人もいるわよ」
十一「バカにすんな!ちゃんと持って来てるよ!」
十一、コートのポケットから取り出した包みを、お膳にバーンと置く
夏代、秋枝、冬子、阿万理、秀子、信、お膳の上を見る
秋枝が包みを開けると、「イカの塩辛」のこびんが出てくる
秋枝「クリスマスに塩辛食ってどうすんだよ!」
冬子「こんなことだと思った」
十一「う、うるせえな。酒の肴には塩辛が一番なんだよ」
信「そ、そうだね。日本酒にはピッタリだよ」
十一「ほれみろ」
秋枝「全く、最後の最後までトンチキなんだから」
夏代「まあ、いいじゃない。さ、始めましょう」
十一「そうそう、食べましょう、食べましょう(鳥のもも焼きにかぶりつく)」
秋枝「食うことだけは一人前なんだから」
☆風呂場
十一、湯船に浸かって考えている
十一「豪華なディナーがバラ1本・・これを効果的に見せるには、演出が必要だな。さてどの手でいくか」
☆リビング
夏代、秋枝、冬子、後片付けをしている
電話が鳴り、夏代が受話器を取る
夏代「もしもし・・はい、大場ですけど・・え?飯田さん?はあ・・今お風呂に入ってますけど」
☆病院・廊下
公衆電話の前に立っている、飯田の妻
飯田「そうですか。それではよろしくお伝えください。東京に来て、こんなに優しくされたのは初めてだと
主人も申しておりました」
☆リビング
夏代「あの、何の事でしょうか?ええ・・はい・・え?お金を?」
☆病院・廊下
飯田「娘もきっと喜ぶと思います。本当に有難う御座いました。御免くださいまし(電話を切る)」
☆リビング
冬子「きっと工事現場で知り合った人よ」
夏代「勿体ぶらずに言えばいいのに」
秋枝「アイツらしいよ・・」
冬子「でもさ、いいとこあるじゃない」
秋枝「ああ、姐御が惚れたのも判るような気がしてきたよ」
夏代「今頃判ったの?私なんかずーっと前から判ってるわよ」
夏代、ウキウキした足取りで片付け始める
秋枝と冬子、クスッと笑う
☆寝室
夏代が洗濯物を畳んでいると、突然電気が消える
夏代「あら?」
ドアが開き、キャンドルを持った十一が入って来る
夏代「停電なの?」
十一「そう、この部屋だけ」
夏代「え?」
十一「メ、メリークリスマス(1本だけのバラの花を差し出す)」
夏代「私へのプレゼント?」
十一「デカイ花束にするはずだったんだけど、予定が狂っちまってさ」
夏代「(花をじっと見つめる)」
十一「こんなのじゃ、気に入らないか・・やっぱりな」
夏代「ううん、すごく嬉しい」
十一「本当か?」
夏代「うん、あなたの気持ちがいっぱいこもってるもん」
十一「俺の気持ち?」
夏代「何でもでもない、有難う」
十一「そうか、良かった、ハハハ。来年はこんなばかデッカイ花束にするからな」
夏代「いいのよ、無理しないで」
十一「大場十一先生を見くびるなって」
夏代「相変らずね、フフフ」
十一「へへへ」
夏代「実はね、私の方も予定が狂っちゃったの。マフラー、プレゼントするはずだったんだけど」
十一「いいさ、どこかで喜んでる人がいるだろうからな」
夏代「え?」
十一「いや、何でもない」
夏代「ごめんね、何もプレゼント出来なくて」
十一「お前がいてくれるだけで、十分だよ」
夏代「そうだ、プレゼント出来るものがあったわ」
十一「へえ、何だい?」
夏代「これよ(キャンドルの火を吹き消す)」
真っ暗になる部屋
窓から差し込む月明かり中で、二人のシルエットが重なる
―おわり―