「今帰仁(なきじん)」の表記の変遷
伊麻奇時利・・・「海東諸国紀」(琉球国之図)(1471年) ↓ みやきせん・・・「オモロ」 ↓ ミやきせん・・・「玉御殿の碑」(1501年) ↓ 今鬼神 ・・・「琉球神道記」(1605年) ↓ 今きじん ・・・「琉球渡海日々記」(1609年) ↓ 今帰仁 ・・・「喜安日記」(1609年) ↓ 今帰仁 ・・・「辞令書」(1643・1652・1656・1664年) ↓ 今帰仁 ・・・「琉球国由来記」(1713年) ・ ・ ・ 今帰仁・・・現在に至る
「今帰仁(なきじん)」の語義
今帰仁の語義についてはいくつかの説があるが、一つは今帰仁の古い呼称を「海東諸国紀」の中の「琉球国之図」にある伊麻奇時利城の伊麻奇時利に求め、イマキが新来者に通じ、その新来者が住みついた場所だとするもの。一方、ナキジンの古い呼称がナキズミで、魚の寄りつく場所を意味し、今帰仁がそのような地形をなすため、そこに語義を求めているものなどがある。
引用文献:村教育委員会発行;なきじん研究 5